ミズアオイ調査報告
ミズアオイが一般に知られるきっかけとなった



「ミズアオイ」のコーナー・冒頭に書いたように、1994年9月松任市の海岸でミズアオイの写真を撮ったのをきっかけに、ミズアオイの調査を行った。

報道でも取り上げられ、県内各地から報告が届いた。以来、報道などでも晩夏の季節の話題には必ずミズアオイが登場するようになるなど、ミズアオイが一般市民にも知られるようになった。

中でも、兼六園放生池で自生している発見は重要であろう。この池に多くの植物を愛でる人たちが訪れていたにも関わらず、まったく気が付かなかった。兼六園管理事務所のすぐ前の池であるが、事務所の職員も気が付かなかった。金沢の旧市街地で唯一の自生地である。

当時、「河北潟を考える会」で、ミズアオイを河北潟のシンボルにしようと話し合ったが、今では懐かしい思い出となった。

以下の文章は、こうした経過を「世界湖沼会議'95」への論文にまとめたものである。「共同発表者」の栗原氏は、現在九州で自然派フリーカメラマンとして活躍している。彼のホームページは「お薦めサイト自然編」で紹介している。

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「今なら救える! 危急種ミズアオイ」
 ミズアオイ調査報告/河北潟のシンボルへ

発 表 者  渡辺 寛、栗原 智昭
所属団体  ナギの会、河北潟を考える会

1)危急種・ミズアオイ Monochoria korsakowi

ミズアオイ(古名ナギ)は、万葉の時代から親しまれ、その花は観賞されてもいい美しさである。
万葉集に次の4首が詠まれている。

・春霞春日の里の植子水葱苗なりといひし枝はさしにけむ 大伴駿河麻呂(3-407)
・上毛野伊香保の沼に植子水葱かく恋ひむとや種求めけむ (14-3415)
・苗代の子水葱が花を衣に摺り馴るるまにまに何かかなしけ (14-3576)
・醤酢に蒜搗き合てて鯛願ふわれにな見せそ水葱の羹 長意吉麿(16-3829)

特に4句目はミズアオイが普通に食されてきたのを証拠立てる歌でもある。
なお、ナギを詠んだ和歌は万葉集以外にも12首ある(「古今短歌歳時記」鳥居正博編著、教育社出版サービス、8月植物の項)。

水草であるこの美しいミズアオイは、ひと昔までは全国の水田や用水の中に群生、農作業の邪魔になり農家の嫌われ者になるほど繁茂していたが、レッドデータブックによると、絶滅種、絶滅危惧種につぐ危急種にランクされる植物となった。

レッドデータブックで危急種以上のランクの総数は1085種となっている(「日本絶滅危機植物図鑑レッドデータプランツ」(宝島社)、「レッドデータブック日本の絶滅危惧植物」(日本植物分類学会編著))。ここに掲載されている水草をみると、昔よく見たものが多く載っているのに気がつく。水草の研究者である角野康郎は次のように指摘する。

「いわゆるレッドデータ・ブック(1989)には46種の水草が含まれる。その後の調査で、約15種をこれに追加すべきだと考えている。水草の4分の1以上が絶滅危惧種なのである」(角野康郎「植物の自然誌プランタ」94.5 33)

これは大変なことだと思う。小さな住民団体の一員で「植物の種」などについて素人の私(渡辺)が危急種の水草・ミズアオイを捜し、調査した印象でも水草の置かれている状況は危機的なものがあると感じた。ミズアオイについては近年その調査もされないこともあって、石川県内で姿を消していたと思われていたが、94年秋、23カ所で生育が確認された。以下、私たちのミズアオイ捜しを報告したい。

2)ミズアオイの発見

昨年(1994年)9月、石川県松任市の海岸近くの小さな水路で数株のミズアオイを栗原(金沢大学大学院)が発見、確認した。

栗原によると、金沢大学理学部植物標本室に保存されている標本は、全国で10点に満たないとのことである。植物学者さえ関心を示さぬ程ごく普通種だったのだろう、今まできちんとした調査がされていないのではないか、と栗原は言う。

さて、このミズアオイと私との接点であるが、ある会合で栗原が「ミズアオイが発見された。危急種できれいな花だ」などと話しているのを私(渡辺)がたまたま聞き込み、草花の好きな妻と2人で写真を撮りに行った(9/4)。

数日後、引き延ばした写真を見た娘が「近所にいっぱいあるよ」と言うではないか。自宅から200m程離れた畑の横に群生している。「これは大変」とそれから毎日、近所約3km四方を歩き回ってみた結果、6カ所に咲いているのを確認した。

私は、その年(1994)の春正式に発足した「河北潟を考える会」の事務局を担当していて、自然回復や原風景を取り戻したいと思っていたこともあって、このミズアオイの発見を重大なものと考え、ミズアオイの情報提供を広く呼びかけることを考えた。報道関係者への情報提供、県内の自然保護団体で組織する石川環境ネットワーク、地域生協などへミズアオイの情報提供を呼びかけた。朝日新聞や北陸朝日放送が報道、その結果、県内13地域、23カ所での生育が確認されたのであった(表1)。

3)ミズアオイ生育の様子

23カ所の生育状況は、ほとんどがほんの10〜20株がひっそり咲いているという状況である。群生と言えるのは、河北潟に近い金沢市湊2丁目と小松市羽衣町(全域が干拓された旧今江潟に接した航空自衛隊小松基地正門前水路)の2カ所、ここで100m〜200mにわたって数100株が群生。それに金沢市兼六園金沢神社前の池で数十株が繁茂していた、この3カ所だけである。
 生育状況の将来は、極めて不安定であると感じられる。群生地の1カ所は昨年12月道路拡幅工事のために消えたことにみられるように、急激に都市化、開発のため、湿地、水路が消滅しているため、このまま推移すれば県内での消滅は時間の問題と考えられるが、今なら救える!との思いも一方で持っている。
 なお、生育場所は、いずれも住民の生活とあまり関係がなく、清掃もされず、放置されている場所であった。ゴミの捨て場のようになっている場所もある。現在ミズアオイが生育している場所が、今以上の宅地化、あるいは清掃など人為的に整備されることにより一挙に消滅の時を迎えることはあきらかである。

 【表1】
  生育確認場所   生育数    生育状況          発見者 
 ※金沢市横枕町  約50株  レンコン田と水路       見瀬
                 ※レンコン栽培の肥料の為か大きい。
 ※金沢市忠縄町  約20株  県北部公園内池        見瀬
 ※金沢市湊2丁目  約200株 水田横の用水(幅1m×100m)   宮谷
  金沢市兼六園  約60株  金沢神社池(注1)      牧
 ※金沢市双葉町  約50株  道路横水路(幅50p)      浅野
                 ※道路拡幅工事で消滅
 ※金沢市寺中町  約80株  木曳野小学校横(幅1m×50m)  平野
 ※金沢市北間町  約50株  郊外鉄道駅横(幅30pの溝)   渡辺
 ※金沢市北間町    3株  小学校横の溝(幅60pの溝)   渡辺
 ※金沢市北間町    6株  郊外鉄道脇(幅30pの溝)    渡辺
 ※金沢市北間町    5株  水田の水路(幅50p)      渡辺
 ※金沢市北間町    2株  水田の水路(幅50p)      渡辺
 ※金沢市須崎町    5株  県道横水路(幅50p)      渡辺
  河北潟干拓地  約20株  排水路(幅5m)         中川
  河北潟内    約20株  潟内の一角          中川
  小松市拓栄町  約20株  今江潟干拓地中央水路(幅1m)  五十嵐
  小松市羽衣町 約200株  航空自衛隊小松基地正門前(幅3m×200m) 五十嵐
  小松市自衛隊内   5株  自衛隊内の水路(幅50p)    寺脇
 ※小松市城南町  約20株  市道横西田宅前の溝(幅30p)  西田
                 ※15年間で初めて咲いたそうである
 ※根上町大成町  約10株  水田横水路(幅30p)      川越、太田
 ※根上町西二口町 約15株  家の新築中横の溝(幅30p)   川越、新村
 ※根上町中の庄  約10株  水田横溝(幅50p)       川越
 ※松任市小川町  約15株  海岸そばの水路(幅30p)    栗原
  加賀市鴨池   約50株  池の一角に生育        小杉山

注1)
兼六園のミズアオイの態様で特徴的なのは、咲いている総てが、
@極めて小さい(茎が5o、高さ30〜40p)
A葉はササの葉のように細い
B花が少ない(2〜3)
C株分けしているのが少なく1本だけというのも多い。一見して貧弱なミズアオイである。これは栄養的なものか、あるいは変種の可能性はないのか、追跡観察や栽培での観察を要すると思われる。
※印の場所は、「清掃作業」によって簡単に消滅してしまう状況である。

4)ミズアオイを河北潟のシンボルに

河北潟は1985年3月干拓事業が完成した。当初は水田としての利用が計画されていたが、1970年の政府の開田抑制政策のもとでコメはつくられず、畑作、酪農経営が干拓地で行われているが、遊休地も多い。汽水湖だった河北潟水面は調整水門で閉ざされ、かつての3分の1の閉鎖性淡水湖となった。「河北潟を考える会」独自の水質調査でも潟の一部ではCODが19ppmとなるなど、とんでもない水質汚濁が進行している現状がある。一方で湖岸や水中へのゴミの投棄、散乱も甚だしい。これはひと口に「住民から背を向けられ、忘れられた潟」と言えるのではないか。この潟を本来の住民との接点を取り戻すために、ミズアオイをシンボルにできないか、と考える次第である。能登半島の邑智潟がオオハクチョウをシンボルとし住民、県民の意識が潟の存在を感じている。河北潟を住民の意識へ取り戻すためにも、河北潟の原風景復活の一環として湖面へミズアオイを意識的に繁殖させることの意味があろうと思っている。(了)