「行政は過ちを侵さない。過っても認めない」
     
―― 県の回答を批判する ――
2001_8_21

質問からすでに5カ月を過ぎていた。
県から回答を待つ間、新しい資料を入手し、調べた。
まず、「県がこの回答を準備するため収集した資料一切」という組織共用文書を
請求し、県が回答を作成するために調べた資料を入手。
これと平行して「水利権」について文献調べをすすめた。
「河川全集第1巻『水利権』」を県立図書館から借りた。
この中に、遊休水利権に関する国の通達が出てきた。
建設省が遊休水利権をどのように定義し、各県に通達しているか一目瞭然だった。
この資料は、「辰巳用水と辰巳ダム」のコーナーで紹介。

また、この間、秋田県と秋田市が住民から訴えられていた裁判のニュースが伝えら
れた。
秋田市の郊外に、大王製紙のための工場誘致が計画されたが、これに対して住民か
ら「公害反対」として裁判が提起されたものだった。
1審判決は、「工業用水への補助金支出は違法」だとされた。両者は控訴。
控訴審がすすみ、大王製紙は工場進出を断念を表明。県も市も工場用地を維持する
根拠がなくなった。和解のための合意ができたというものだった。
詳しくは、「辰巳用水と辰巳ダム・工業用水問題」のコーナーにゆずる。
概略は、コメントの最後に記した

この2種類の新しい資料も参考にして、県回答への評価・批判文をつくり、9月6日、
県に提出してきた。
かなり長文で難解である。ご容赦を。

      2001県回答2001公開質問「情報公開」にもどる

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はじめに――
 当会が質問していた辰巳用水や工業用水の水利権、許認可事務などについて、
県から8月21日付けで回答があった。
 何度も回答が延期され、5カ月もかかったことも異常であるが、回答の内容
は、一口に言って「行政は過ちを犯さない」「過ちを犯しても認めない」とい
う前提で作文されたものと言わざるを得ません。
 また、質問提出以後の新しい資料収集や検証の中で、回答に関係する重要な
問題が新たに浮上している。
 以下、回答に沿って、当会からのコメントをまとめた。

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 県の回答について、ナギの会用水研究部会のコメント
                         2001/9/6

質問1 辰巳用水・二つの水利権について

 流水には必ずその使用の権利が伴うことは河川法において明確である。これ
は水利権として法的に認められ、強く保護されている。
 質問の趣旨は、長年、灌漑用水として農業のために使われてきた辰巳用水の
水は農業用水であるが、兼六園へ導入され、末端は都市用水として金沢市内を
流れ、金沢市の景観・親水・観光などに大きな役割を果たしている流水は、農
業用水ではあり得ず、その法的な根拠を訊ねたものである。これに答えていな
い。
 辰巳用水から兼六園への引用水について明文化されたものは、水利権の許認
可資料を見る限り、土地改良区の申請書にある記述、つまり「灌漑期以外は兼
六園への引用水として取水する」がすべてである。
 もし県の回答のように、兼六園への取水を含めて河川法による水利権を許可
したと解釈すると、辰巳用水の流水のすべてが私的な農業団体のための灌漑用
水となってしまう。明らかに市民・県民の意識との乖離があるし事実と違う。
兼六園の曲水を潤す水は農業用水ではないし、金沢の防火や冬季の融雪路とし
て重要な役割を担っており、辰巳用水は観光都市金沢の土台となっている。
 こうした辰巳用水全体の役割を農業用水としてのみ理解するのはあまりにも
無理がある。
 また、これまで辰巳用水の補修に金沢市や石川県は多くの税金を使ってきた。
県回答のように理解すると、これら公的に支出されてきた補修費用も、私的農
業団体のために支出されたことになる。県回答は、こうした辰巳用水の実態を
見ていない。
 質問で指摘したように、殿様用水と称されてきた辰巳用水の水利権は、慣行
水利権として確定していると考えるのが水利権についての判例、学説からの結
論である。仮に農業用水部分が許可水利権としても、1本の辰巳用水には2つ
の水利権(土地改良区の許可水利権と兼六園等への慣行水利権)が併存してい
ると考えるのが自然である。
 こうした当然な疑問や指摘にたいして何ら答えを示さない県回答は、国民・
県民から負託されている河川管理者としての説明責任を果たしていないと思わ
ざるを得ない。

質問2 辰巳用水慣行水利権の水利台帳への記載と行政の責任について

 質問1のように、慣行水利権についての理解があれば、当然辰巳用水の水利
台帳への記載がなされるべきであった。
 昭和40年4月1日施行の旧河川法成立によって、国は慣行水利権を許可水
利権に切り替えるよう指導したものの、慣行水利権のままのものは、2年以内
に届け出るよう指導した。当時、犀川に係る農業用水の中で、あるものは許可
を申請し、あるものは慣行水利権の届け出をし、水利台帳に記載された(一部
用水は届出がなくとも台帳に記載された)。
 先日、当会は「組織共用文書請求」で、「県がこの回答を準備するために収
集した資料」を入手したが、これらの中に、辰巳用水土地改良区から提出され
た慣行水利権「届出書」があった。これは当会が昨年「犀川に係る水利権関係
のすべての資料」で入手した資料の中に含まれていなかったものである。辰巳
用水は、昭和42年3月30日、慣行水利権の届け出されていたことが判明し
たのである。
 この日付によって、これが旧河川法が2年以内に届け出をするよう指導して
いた期限ギリギリに提出された慣行水利権の届出書そのものであったことは明
らかである。
 この届出書によって辰巳用水はその流水占用の目的を「灌漑と兼六園引用」
とする慣行水利権であることが明確になっており、流水の使用量や取水口、取
水方法なども詳細に記載され、辰巳用水は慣行水利権であることが法的にも裏
付けられたのである。
 県の回答は、この文書の存在を無視しており、回答受け取りの場で県は「慣
行水利権が許可水利権に切り替わっている」と説明しているが、これは誤りで
ある(以下、説明は次の質問と関連する)。
 なお今回、この文書が明らかになったことは、担当の河川課が水利権関連事
務の誤りを隠そうとしたことを物語る事実とも言え、昨年の公文書公開に係る
請求権侵害についての「救済」は別途なされるべきであると考える。

質問3 辰巳用水土地改良区の水利権の許認可事務について

 辰巳用水に関する許認可資料をすべて検討すると、質問書提出の付属資料に
あるように、「混乱を極めている」の一語につきる。
 この混乱の原因は、水利権申請に係る事務担当者の慣行水利権と許可水利権
の区別、あるいは農業用水と本源的流水利用(いわゆる殿様用水)についての
理解の不十分さであることが明らかになった。これを解明するのが先の「届出
書」である。
 つまり、辰巳用水は現在も慣行水利権のままであり、昭和42年3月30日
に届出書が提出された時点で明文法的に確定している。これほど確かなものが
なぜ許可水利権として水利台帳にも記載されているのか? 県が「慣行水利権
が許可水利権に切り替わった」と解釈する根拠となる許可申請は、届出書提出
に2カ月以上先立つ昭和42年1月23日に提出され、これが許可水利権の初
回とされている。期日を遡及して認可が切り替わることはあり得ない。しかも
許可申請書の内容は辰巳用水に安定的に取水するための『頭首工(堰)の設置』
を求めているだけのものであり、その後の土地改良区からの水利権更新申請も、
混乱はあるものの一貫して「頭首工の土地占用許可」を求めているだけである。
 また、頭首工の設置を、土地改良区が法26条(構造物の新築等)によって
申請したものならば、この建設費用は土地改良区の負担で行われなければなら
ないが、申請の添付資料によれば、この工事は金沢市が事業主体となった「災
害復旧事業」として行われている。法26条とはいっさい関係がない。
 こうした不十分な理解がそれ以後の許認可事務全体を混乱させている。
 もし県が許可水利権に切り替わったと言い切るのなら、この届出書の存在を
否定しなければならないし、そのためにも土地改良区へ届出書の破棄通告をし
なければならなかったはずのものである。これについての資料は一切なく、辰
巳用水は慣行水利権として確定していると断じていい。
 以上の考察の結果、明らかになることはただ一つ、県は、水利権の許認可事
務を根本から見直し、河川法と民法の規定および旧建設省からの諸通達との整
合性を明らかにすること、また市民・県民参加による辰巳用水の歴史的社会的
文化的側面からの総検討である。
 付言すれば、こうした様々な問題を抱え、法的にも極めて強力な慣行水利権
をもつ辰巳用水を、ダム建設で破壊することは許されないと考える。

質問4 犀川上流部の犀川ダムや上寺津ダムの運用について

 質問の趣旨は、犀川ダムや上寺津ダムの発電のための特定水利権申請書類に
「既存の水利権に支障なきよう運用すること」とあるように、既得権が優先的
に守られることによって、辰巳用水や兼六園への取水が困難になることは本来
あり得ず、上流ダム群の運用で解決できることについて見解を求めた。
 これについて回答は「辰巳用水の取水等、他の水利使用に支障が生じないよ
うに取水されていると考えております」としているが、これまで幾度となく
「渇水で兼六園に水が来ない」と説明され、これが辰巳ダム建設の根拠ともな
ってきた。この回答どおりであるならば、兼六園の水不足はあり得ないはずで
ある。
 しかし、回答した場(8月21日)で、河川課参事・山本好能氏は、「辰巳
用水は取水口が壊れていて、水が不足して困っているのではなく、入り過ぎる
から困っている」と説明した。意外な言葉であった。取水口が壊れているなら
ば修理すればいい。慣行水利権の取水口であるから費用は行政が支払えばいい。
土地改良区に負担をかけることはない。こうしたことは質問の2で質したよう
に、「慣行水利権としての認識は、辰巳用水の管理作業の精神的負担を一方的
に辰巳用水土地改良区に与えることなく、県民・市民・土地改良区・行政相互
による友好的共同作業が可能になる道を開くもの」であり「行政としての責務」
である。

質問5 金沢市の工業用水道の水利権について

 回答は「河川管理者としては、これまで金沢市の申請に基づき権利の更新許
可をしてきたもの」としているが、河川管理者の責任について触れていないし、
更新時の検討の内容も不問に付している。
 一般に水利権は、その許可内容が長期間続くことを前提に認可されるため、
初年度の内容が重要で、更新時は、主にこの水利権が認可どおりに使用されて
いるか、また使われず遊休水利権と化していないかをチェックしなければなら
ない。水利権に許可期限があるのはこのチェックをするために設けられている。
それは『逐条河川法』によっても「水利権を実行しない者は、権利の上に眠る
者」であり「他の緊急かつ有用な水利権の成立の障害となり、河川の有効な利
用を妨げる可能性が大である」と厳しく戒め、遊休水利権は許可期間の満了と
ともに消滅する」としている。よって更新時、水利権が遊休水利権となってい
ないかのチェックが河川管理者の最重要な責任である。
 これは法的にも明らかで、本会の調査でその後判明した資料によると、旧建
設省は昭和25年「遊休水利権に関する件」なる通牒を各県に送達し、「遊休
水利権の発生した原因を個々に究明し水利権設定の際における命令書条項を厳
格に適用して当然失効すべき水利権はこの際失効処分として台帳から抹殺の措
置をとること」として具体的な条件をあげている。金沢市の工業用水はこの条
件にすべて当てはまり、典型的な遊休水利権である。
 金沢市の工業用水の水利権は犀川ダム建設時に取得されたが、その根拠は昭
和39年9月に策定された「金沢市長期計画書」に基づいている。この計画は
昭和44年に「金沢市長期計画書 中・後期改訂版」、50年1月「金沢市新
長期計画書」へ変遷するが、犀川ダムで開発した工業用水使用を前提に金沢港
周辺の工業団地計画を持ち続けた。しかしこの計画が終了し、新たに昭和61
年3月に作られた「金沢市基本計画 21金沢まちづくり」にはこの構想は入
っていない。これは遅くとも昭和60年度をもって金沢市の工業用水の水利権
は遊休水利権であることが確定したと考えるべきである。本来ならこの時点で
金沢市は工業用水の申請を自制しなければならなかったのである。(県はこの
問題を知っていた節がある。県は昭和56年に手取ダム、犀川ダムで開発した
工業用水の需要見込みを変更していることから分かる。)
 この遊休化した工業用水の権利は、犀川全体の水利に混乱を与えるばかりで
なく、限りなく違法に近いものと考えられる。県はこうした調査検討を、更新
許可の時に行う責任があったのである。国民県民から負託された河川管理者と
しての責任を果たしていない。
 回答は、「今後の更新時においても再度、申請があれば許可の適否等につい
て判断する」としているが、現在ある違法状態の放置を当然視したもので、許
されるものではない。

質問6 金沢市の工業用水水利権の破棄で河川環境の改善を

 回答では、金沢市の工業用水水利権について「県として見解を述べることは
適切ではない」としているが、質問は河川管理者の責任を質しているのである。
なぜなら、まさに現在、治水や利水の社会的要請があるとして、犀川ダム下流
で新たなダム建設や河川改修が行われているからである。
 犀川上流部にある膨大な未使用水利権を破棄しないまま進められている下流
部の諸事業に正当性・整合性を確保できるはずはないし、社会的に通用するは
ずがない。河川管理者の責任が問われている問題である。
 最近の報道などによっても国土交通省は、既存ダムを「徹底活用」し、用途
変更などでダム新設を不要にするよう大転換を図っている。この一環の措置で
あろうが、石川県も手取川で発電や上水の流水を河川環境に回すなどの措置を
試験施行しようとしている。この同じ発想が犀川でなぜ出来ないのか。問題山
積みの犀川でこそ、この発想が生かされるべきである。

質問7 犀川ダム建設収支を明らかにし、県民、市民への負担軽減のために

 回答は、犀川ダムについて、「県は治水、金沢市は利水の建設費を分担して
いる」としているが、県民・市民にとって負担する必要のないものが工業用水
の負担である。
 本来これは工業用水の利用者(企業)が負担すべきものである。地方財政法
や地方公営企業法で、自治体が行う営利事業は特別会計をつくり、独立採算で
行ない、それぞれの特別会計の設立を自治体が条例で定めることになっている。
金沢市は、昭和39年に制定された金沢市特別会計条例でその旨を規定した。
しかし昭和42年に条例を改正し一般会計から支出した。それ以来市民の負担
となり、この34年間、数億の負担となっている(昨年度は1800万円)。
この金額は全く市民が負担する必要のないものである。
 本来、特別会計により独立採算で行うべきこうした事業の費用を長期間、税
金で補填するのは法の趣旨からいっても妥当ではない。計画当初は妥当であっ
たとしても、工業用水計画の見通しがたたなくなり、計画が放棄された時点
(昭和60年度)以降の一般会計からの支出は違法性が高いものである。(参
考:秋田市の工業用水裁判第1審判決)
 こうした問題の発生の責任は、犀川ダムの共同事業者であり、また河川管理
者たる石川県に大きな責任がある。
 回答のように「建設後収支について、金沢市に係る」との態度は河川管理者
として無責任である。遊休水利権の法的根拠を金沢市に説明し、妥当な措置を
求めるべきである。

質問8 厳正なる許認可事務について

 これは、ある用水組合の許認可資料から判明したことで、水量の単位誤りで
あろうと推察されるが、ある年度の更新資料では、明らかに県庁職員の転記ミ
スが原因となっている。
 回答では単純なミスのように説明しているが、部内の複数職員が署名捺印し
た書類が残されている。複数職員の一人も気がつかなかったということは、水
利権の許認可事務のあり方に問題があること示している。職員の職務を定めた
処務規程によってもこうしたミスを犯した職員の個人責任は何らかの処分の対
象になるのではないかと推察するのである。
 発生事実は単純なものであっても、その主な原因は水利権の許認可事務が軽
く扱われていることにある。つまり更新認可において法が求めている厳正な書
類審査や現地調査がなされていないことに真の原因がある。金沢市の工業用水
の実態把握がなされていないことと同質のものと考えられるのである。
                        以 上
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【参考】
秋田市の大王製紙誘致で「補助は違法」とされた
   ――第1審判決要旨――


 地方公営企業法17条の3により、秋田県の一般会計から秋田県工業用水道事
業会計(特別会計)に対して行う本件補助は、大王製紙との覚書、県議会の動向、
埋立工事関係の進捗状況に照らせば、その実施が相当確実さをもって客観的に
推測される。
本件補助は、ダム建設、未売水の状況、受水企業誘致の必要性等の補助を必要
とするに至った理由に照らすと一面では合理性を認め得るが、本件補助の目的
が、同法が要請する地方公営企業における独立採算制、受益者負担及び料金決
定の諸原則から大きく乖離した本件負担価格12円50銭を達成させることにある
ことに加えて、本件補助の期間、金額、態様及び諸効果、受水企業の負担能力
等の検討結果をも総合考慮すると、ダムの給水能力のうち大王製紙等使用分30
万トン分の水道事業専用施設費について発行した企業債の支払利息分の補助及
び収支差分についての一時借入金の支払利息分の補助については、「特別の理
由」を認めることができず、違法であるから、差し止めるのが相当である。

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