愛知県河川堤防緊急強化検討会報告書

第3編 天白川堤防強化方針


2004.8.29 掲載


第3編 天白川堤防強化方針

1 天白川の概況と洪水での出水状況

(1)流域の概況
 二級河川天白川は、その源を愛知県日進市の三ヶ峰(標高182m)付近に発し、岩崎川、植田川、扇川等の支川を合流し、名古屋市南区(右岸)、東海市(左岸)において伊勢湾に注ぐ流域面積118.2km2、延長23.05kmの都市河川である。
 天白川流域では、昭和40年代に入り名古屋市の東部丘陵一帯の土地区画整理事業による開発が進み、その後上流日進市地域においても豊田新線の開通や、地形的条件の良さなどにより、急激に開発されている。

 このような開発に伴う河川への流出増並びに、3,200haにも及ぶ氾濫区域に人口21万人家屋7万戸、資産約1兆3,000億円が集中している現状により、天白川の早期改修が強く望まれている。

(2)天白川のおいたちと沿革
 天白川は尾張丘陵の袴曲の谷間から名古屋市に入り、西の笠寺台地、東の鳴海丘陵の間を流下している。今から2万年前の古天白川は現海面下6mも低いところを流れていたが、縄文海進により今から6,500年前ごろには逆に海面は5mも高くなったといわれている。

 上流からの土砂が堆積し沖積層が形成されてきたが、その後海面は一旦−2mまで下がり、平安から鎌倉時代に再び上昇し、年魚市潟(あゆちがた)と呼ばれる浅瀬となり、やがて室町時代に入り海面は、今日の高さに下がり、呼続堤(1523年)や天白川の築堤により瞭池転じて一面の水田となった。

 一方江戸時代塩田の盛んであった呼続浜より海側に続々と新田が開発され、天白川の堤防も延長され、1756年現在の河口で伊勢湾に流入することとなった。

(3)東海豪雨までの改修計画
 天白川は古来多くの災害の記録があり、その都度堤防の復旧を行っているが、昭和初期の時局匡救事業によるほぼ全川の改修と、昭和34年の伊勢湾台風後の復旧事業による、河口部のコンクリート3面張による高潮堤防の整備で、現在の河道が概ね出来上がっている。

 その後、昭和45年、46年に支川が相次いで氾濫し、これを契機として本格的な改修計画が立案され、昭和48年度から中小河川改修事業として河口部から改修工事が開始された。この計画は、河道の拡幅、河床の掘削及び支川高潮堤防の整備に伴う導流堤の一部撤去による河道断面の拡大と、洪水時の水位低下による内水排除を容易にすることを目的としており、昭和53年に策定された天白川工事実施基本計画では河口部における1/100確率の計画高水流量を1,700m3/sとして河道の縦横断形状が定められている。

 大慶橋下流の約4,000mについては、2kOOO地点から上流の区間について主に左岸側を引き堤し、支川扇川、大高川の高潮堤整備による扇川防潮水門及び導流堤の一部撤去と合わせて河道を拡幅するとともに、名古屋港塑望平均満潮位T.P.+1.2mから出発する計画高水位以下の必要断面と、中流部での河床の切下げ、に対応する河床掘削を行う計画とした。

 この区間の堤防は天端高 T.P.+5.Omの高潮堤防となっており、引堤部分についても伊勢湾台風復旧事業により施工されたコンクリート3面張堤防を復元するとともに、全区間にわたって漏水防止のための鋼矢板を打設して補強する計画としている。

 大慶橋下流の改修は第T期区間として、平成3年までに河道拡幅と時間雨量50mm相当(年超過確率1/5)の計画高水流量670m3/sに対応する河床高までの掘削が行われ、その後に追加された耐震対策工事についても平成11年度までに完了している。

 大慶橋上流の中流部については、現況河床高が堤内地盤高と同程度の天井川となっており、堤防と堤内地との比高は約6mにも及んでいる。この区間の縦断形状は、計画高水位を現況堤防高から最大3.Om程度低下させた標高で勾配1/1,000〜1/800とし、河床掘削を行うとともに、河道を両岸に概ね10m拡幅して、大慶橋地点で時間雨量80mm相当(年超過確率1/30)の計画高水流量1,200m3/sを流下させる計画としている。

 現況堤防はのり勾配1.5〜2.Om、天端幅約3〜5mの土堤で、低水護岸がほとんどの箇所で施工されており、高水部についても部分的にのり覆工が施工されている。計画の堤防は、計画高水位から所定の高さを加え、現堤防天端高から最大2m程度切下げる高さとなっており、天端幅を5.0mとし、表のり、裏のりとも1:2の勾配として表裏に幅3.0mの小段を設ける横断形状となっている。
 大慶橋上流では平子橋までの約4,200mについて、第U期区間として昭和63年から拡幅のための事業を開始し、平成11年度末現在で必要な用地の9割強を取得している。

(4)平成3年9月の出水とその対応
 平成3年9月19日の台風第18号通過に伴う集中豪雨では、名古屋市内外の広い範囲で浸水などの被害が発生した(写真3−1)。雨量は植田川雨量観測所において総降雨量240oに達し、天白川では、天白水位観測所(7k370)の水位が T.P.+9.60mを記録し、現況堤防天端(T.P.10.50m)まで約0.9mと迫る水位となった。このときの最大流量は約600m3/sと推定されている。

 天白川堤防は、7k500付近左岸及び8k500付近右岸で漏水及び規模の大きい裏のりの崩壊が発生した(写真3−2)ほか、大慶橋上流で小規模な崩壊が数箇所発生した。このため、2箇所の裏のり崩壊の地点を中心として止水鋼矢板とのり覆工による対策が実施された。

(5)東海豪雨における天白川の被災状況
 この出水で、天白川では破堤には至らなかったが、一部で越水した可能性のある箇所が見られた。また、河川構造物の損傷として、裏のり面の崩壊、護岸の破損や根固めブロックの流出が多くの地点で発生した(写真3−3〜5)。なお、平成3年9月の災害時に裏のりの崩壊が発生した箇所については被災していない。
 今回の出水で生じた裏のり面の崩壊は、6k250付近右岸、及び6k400右岸の2地点であったが、この被災箇所の特徴としては以下のことが挙げられる。

 ・出水の水位痕跡がほぼ堤防天端となっており、越水した可能性がある。
 ・裏のり勾配が1:1.5程度で比較的急である。
 ・以前より漏水の見られる箇所である。

 なお、この地点の堤体現況断面の浸透特性について評価すると出水時の裏のりの安定性は安全率がほぼ1.0となっている。
 また今回の出水では、連節ブロックのめくれ上がりや自然石積みの崩壊など、特に低水部での護岸の被災が多く見られ、洪水時の流速が大きかったことが伺える。

  写真3−3 天白川護岸損傷状況
  写真3−4 天白川裏のり崩壊状況(6k400付近)
  写真3−5 天白川裏のり崩壊状況(6k250付近)


(6)東海豪雨と激特事業計画
 平成12年9月11日から12日にかけて、日本付近に停滞していた秋雨前線が台風第14号の影響で著しく活発となり、愛知県を中心に記録的な豪雨をもたらした。天白川流域の11日未明から12日までの雨量は、植田川雨量観測所において総降雨量556mm、時間最大雨量77mmに及び、天白水位観測所の水位も堤防高をわずかに下回るT.P.+10.19mの過去最高の水位を記録した。この時の最大流量は約900m3/sと推定されている(図3−1)。

 この豪雨では、支川からの越水及び内水により、野並地区を始めとする中下流域を中心として家屋、事業所の浸水被害に加え、地下鉄駅、主要道路の浸水により広い範囲に深刻な被害を与え、床上浸水家屋約3,800戸、床下浸水家屋約4,400戸、浸水面積約1,000haという大規模な災害となった(図3−2)。

  図3−1 天白川出水状況
  図3−2 天白川激特区間被害状況
  図3−3 天白川激特河川計画縦断図

 この災害を受けて、愛知県は平成12年度から16年度までの5ケ年間で、Ok900から8k500までの延長7,600mについて「河川激甚災害対策特別緊急事業」により、再度、同様の洪水が発生した場合でも、洪水位を低減させ、外水の氾濫を防止するとともに、内水の排水性を向上させ、浸水被害を最小限に留めこの事業は、河道の拡幅、堤防の強化、河床の掘削、橋梁の架け替えなどの工事と防災情報システムの整備を主な内容としており、この中で、大慶橋上流の約4,300mについては、昭和63年度以降の用地取得を実施している改修計画の範囲内で、引提による河道拡幅と河床掘削による河道断面を実施する予定である。

 具体的には、再度同様な洪水が発生した場合にも、内水対策としての下水道の増強分を含めた流量を安全に流下させることのできる断面を、中小河川改修事業の改修計画に基づく計画高水位以下で確保することとする。この結果、東海豪雨での水位を約3.0m低下させることとなる(図3−3,4)。

  図3−4 天白川激特事業計画


2 堤防強化の検討

(1)天白川での堤防強化の必要性
 今回の出水では天白川では破堤など大きな堤防被災は生じなかったが、名古屋市内の人口密集地を貫いているため後背地に人口、資産が集中しており、破堤した場合のダメージポテンシャルが非常に高い状況となっている。
 また、破堤には至らなかったものの約12時間もの間、計画高水位(H.W.L)を越え、裏のり面の崩壊など堤防がいっ破堤してもおかしくない状況となっていた。天白川は、激特事業により、これまで進められてきた改修事業を進める形にて、一連の区間を河道拡幅に伴い、堤防を新築あるいは増築することにより新川と同様に、築堤時に破堤しにくい構造を検討することが必要である。

(2)現況堤防の地質状況
 河道拡幅の区間約4,300mを下流、中流、上流と分けた場合、下流部堤体の粒度は上流側の堤体粒度に比べ細粒分が多い傾向にある。また、全域にわたって漏水が認められる箇所がある。

 基礎地盤の特性は、下流部では沖積粘土層が厚く、沖積砂層が薄い傾向がある。中上流部では砂層が卓越し、特に上流部の堤体直下は厚い沖積砂層で構成されている。
 堤防構造の検討では、下流、中流、上流のそれぞれの区間で代表断面を選定する(図3−7)。

・下流部……4k700右岸
・中流部……6k250右岸
・上流部……7k500左岸


3.堤防強化にあたっての基本方針

(1)堤防強化の基本的考え方
 土でできた堤防は、洪水が堤防高を上回ると容易に越水破堤を生じ、また越水を生じない場合でも浸透や侵食によって堤防が被災し、破堤に至る場合がある。
 激特事業による天白川の改修計画では、河道断面の確保により計画高水位以下で対象とする洪水を流下させるため、堤防天端高までの余裕1.2mを考慮すれば越水を生じる可能性は非常に小さく、堤防構造の設計の際には検討は不要と考えられる。

 また、改修後の断面では高水敷の幅が現在よりも縮小され3mを標準とするため、高水部の流速は現在に比べ上昇し侵食に対してはより厳しくなることが予想される。したがって改修にあたって採用する護岸は、洪水時の流速に対して十分な安定が得られるような構造とし、具体的には鋼矢板とブロック系護岸の組み合わせを基本とし、環境に配慮した覆土を併用した形式として検討する。

 このことから、天白川の堤防強化としては、洪水時の浸透に対する安定性を主に検討して堤防構造を決定していくものとする(図3−6)。
 基本検討構造としては次の断面を想定している(図3−5)。

 ・表のり面勾配1:2.0のブロックと鋼矢板による護岸構造物及び遮水シート
 ・天端幅5.0mの天端舗装
 ・小段を省略した1:2.65の勾配での1枚のりの裏のり面とドレーンの配置

(2)浸透に対する安定性の検討
 解析の方法は、河川水位の変動に降雨の影響を加えた非定常の解析により、堤内、外のすべり安定率を判定する河川堤防設計指針による方法を採用している。

 解析モデルの設定としては、降雨及び水位の波形、照査の基準、ドレーン幅設置制限、不飽和特性、遮水シート及びドレーン材の透水係数等を同指針に基づき設定した。

 現況堤防、基礎地盤の土質定数は現地での土質試験結果から設定し、盛土材料については、現況堤防より透水係数を悪化させない材料として、1×灯3cm/sの透水係数の材料とした。

 解析における対策工の設定としては、
 @無対策
 Aドレーン
 B前面遮水
 C前面遮水+ドレーン(拡大)
 D前面遮水+断面拡大
 E全面被覆
 までの各段階での安全率を比較し、施工性、経済性等も加味して、対策工法を検討した(図3−8)。

 その他、盛土強度管理による対策工法は実際の施工管理が不確実であること、また大断面の堤脚水路とドレーンを組合せる対策工法は用地幅が限られていることから、いずれも比
較の対象外とした。

(3)堤防の構造
 天白川において激特事業により河道拡幅を実施する区間は、既に先行する計画により用地幅が定まっており、堤防強化についてもこの範囲内での検討とする。

 堤防構造は、下流部及び中流部においては、鋼矢板護岸と遮水シートによる前面遮水を実施した上で、堤防設計指針上設置可能な幅のドレーンを設置し、さらに所要の安全度が得られる高さまでドレーン材を盛土する形式とする。また、上流部としては、堤脚にドレーンを設置する形式とする(図3−9)。

 上記を標準断面として各断面の地形に合わせ、断面の連続性に配慮しながら詳細設計を進める。
 なお、低水路の水際には環境に配慮した覆土を施工する。


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