愛知県河川堤防緊急強化検討会報告書

第2編 新川堤防強化方針


2004.8.29 掲載


第2編 新川堤防強化方針

1.新川の現況と出水状況

(1) 流域の概要
 一級河川庄内川水系新川の流域は名古屋市の北部に位置し、木曽川及び庄内川に挟まれた樹枝状流域で、東北から南西に向けて緩く傾斜している。北方からは、木曽川の緩扇状地と自然堤防の発達している氾濫平野が展開し、この中を旧河道に沿う多くの流路を集めて、五条川等が流れ、一方、東方からは低い台地を経て大山川等が貫流しともに、庄内川の人工派川である新川に集められ、後背低地の中を延々と流下し、伊勢湾に注いでいる。
 その流域面積は約260km2で、そのうち63%(平成10年度末)が市街地を形成している延長24.3kmの都市河川である(図2−1)。
 この流域は中京経済圏の中心をなす名古屋市に隣接し、かつ交通の便に恵まれていることから、近年著しく流域開発が進み、保水機能を有していた上流の丘陵及び自然の遊水機能を有していた水田や畑地地域にも人口や資産の集中が進んでいる。

 (河口図2−1 新川流域概要図)

(2) 新川のおいたちと沿革
 現在新川が貫流する流域の土地は一般に平坦で早くから開けていた。正保年間(1644〜48年)の尾張国絵図によると、合瀬川(木津用水)、大山川の各河川は豊場地先で合流後、味鋏地先で庄内川に流入している。また五条川も萱津地先で庄内川へ合流している。

 庄内川の河床の上昇により流域の排水は年々困難になり、幾度もの災害が発生したため、安永8年(1779年)尾張藩第9代藩主宗睦は、勘定奉行水野千之右衛門に新川開削を命じた。庄内川の下流部の安全を図るとともに流域の治水に資するため、今の名古屋市西区山田町の東北端で庄内川の堤を切り落とし、長さ約30間(約55m)の洗堰をつくって庄内川の水を分派し、大山川及び合瀬川、五条川を合流し、伊勢湾まで約20kmにおよぶ新川の開削工事は、天明4年(1784年)から7年(1787年)にかけて実施された。その後は、伊勢湾台風後の復旧事業などで堤防嵩上げ工事等が実施されている。
 近年の大きな水害としては、昭和49年、51年、平成3年があり、特に平成3年9月には、台風第18号の影響により流域で5千棟を越える浸水被害が生じた。

(3) 東海豪雨までの改修計画
 新川流域新川流域では流域の関係機関で構成する新川流域総合治水対策協議会(昭和55年発足)」において、当面時間雨量50mm相当(年超過確率1/5)の降雨に対する治水上の安全を確保することを目標に、総合治水対策が進められている。すなわち、新川の五条川合流点(河口から12.4km上流)における流域基本高水流量を960m3/sとし、このうち730m3/sを河道で処理し、残余の230m3/sを流域対策、計画調節池、放水路により洪水調節する整備計画となっている。現在、新川本川はこの新川流域整備計画に基づき改修中であるが、一部用地買収中の狭さく区間等を除いて堤防は概成しているものの、河床掘削が残っている状況である。

(4) 東海豪雨における新川の被災状況
 新川では、隣接する支川新地蔵川の1箇所を含め3箇所で破堤したが、中でも河口から16kmの名古屋市西区地内では左岸堤防が約100mにわたり決壊し(写真一表紙)、名古屋市西区、西春日井郡西枇杷島町・新川町にまたがる氾濫面積約5km2、浸水家屋は約8千棟にも及ぶ大きな被害がでた。他の区域においても内水ポンプの排水能力を上回る洪水の流出により内水氾濫が発生し、新川沿川では総氾濫面積約19km2 に及ぶ深刻な浸水被害となった。この水害によって、新川流域では約2万9千人の住民の方々が避難を強いられたほか、1万8千戸を超える住家が被災、事業所の浸水被害を加えると推定約6,700億円に及ぶ甚大な被害となり、深刻な傷跡を残した。

(5) 新川流域の出水状況
 今回の豪雨による新川流域の総降雨量は、北西部の青木川流域で300mm程度であるが、大山川、地蔵川や新川本川筋では400mmを上回り、500mmに達するなど流域の南東部に集中して大量の降雨がみられた。降雨の時間的分布をみると、大きく3つの山がみられ、第1の山は9月11目早朝から降り始め7時頃をピーク(春日井21mm/h)とする小規模なものであった。第2波は、同日午後3時頃から激しい降雨となり午後7時頃をピークとするもので、60分(小牧57mm、春日井74mm)、3時間(小牧145mm、春日井167mm)の連続雨量をみても極めて大きく記録破りの豪雨となった。
 さらに小康状態に入るまもなく12日午前3時をピーク(春日井50mm/h)とする第3の山が観測されている。この一連の降雨における24時間最大雨量は小牧304mm、春日井484mmである(図2−2,2−3)。
 このような豪雨により新川本川の水位は上流の水防警報基準地点「久地野」(河口から約21km上流)では、11日9時頃に規模の小さなピークを観測した後、低減していたが、14時頃から再び上昇に転じて急激な増加を続け、11日17時50分に警戒水位(T.P.4.50m)を、18時30分出動水位(T.P.5.40m)、19時40分計画高水位(T.P.6.57m)を次々に超過し、21時頃には過去の最高水位(T.P.6.60m)を大きく上回る第1ピーク(T.P.6.90m)に達した。

 図2−2 愛知県小牧雨量観測局雨量
 図2−3 愛知県春日井雨量観測局雨量

 その後一時的に低下傾向を示したものの、21時から22時にかけて始まった洗堰を越流した庄内川の流水が加わって再び上昇に転じ、12日2時50分に本洪水における最高水位T.P.7.32mを記録した。その後4時30分頃まで横這い状態が続いた後水位は低下し、8時30分には計画高水位を下回り、さらに低減が継続し、また11時から12時にかけて洗堰からの流入も止まり、13時頃には警戒水位以下となった(図2−4,5)。

 このように今回の出水では、新川流域の洪水流出に、洗堰から庄内川の流水が重なり、高い水位が長時間継続し、久地野地点では計画高水位を13時間にわたって超過し続けた。また、計画高水位を超えた区間は砂子橋(河口から約9km上流)から上流の全川約12kmに達しており、一部区間では計画堤防高をも超過する事態が生じた。

 なお本出水においては、新川の水防警報は11日18時「準備」の発令から「解除」まで7回にわたって発令された。

 また、新川流域には本川筋だけでも37箇所の排水機場(合計排水能力は約毎秒364立方メートル)が存在し、各施設管理者により流域の出水形態に対応して排水運転が行われていた。しかし、新川水位が計画高水位を超えて危険な状態に達することが予想されたため、11日19時40分、12日0時50分及び2時10分の3度にわたり水防警報の発令を通じて、排水機場の運転に対し「注意喚起」、「停止要請」及び「停止確認」を行い、排水施設の運転調整に努めた。

  図2−4 久地野の出水状況
  図2−5 水場川合流点の出水状況

(6) 破堤及び応急復旧状況
 新川左岸堤防は12日未明の3時30分頃名古屋市西区あし原地内(河口から約16km上流)において破堤した。破堤箇所の延長は約100mである(写真2−1)。

 破堤箇所の応急復旧工事は、資材の調達・運搬経路を確保しながら12日10時頃に着工し、13日10時40分には破堤区間の締切りを終え、14目深夜に締切り堤防の概成をみた(写真2−2)。その後、堤防全面を遮水シートで被覆、表のり面にはコンクリート連接ブロックを敷設して9月25日夕刻に応急復旧工事を完了した。この応急復旧工事に要した土石量は約5,600立方メートルであり、延べ1千台程度のダンプトラックが投入された。

 氾濫域の総湛水量はおよそ880万立方メートルに達し、その排除は、建設省(現国土交通省)が所有する20台の排水ポンプ車の応援を得て14日午前7時前に完了した。
 なお新川においては、上記の破堤箇所のほか、上流部の新地蔵川と新川本川の2箇所で破堤(延長約10及び20m)した。さらに五条川合流点より上流の河道区間だけみても、5箇所で堤防越水、5箇所で堤防裏のり面の崩壊が生じるなど、流域全体で多くの河川施設が被災した(図2−6)。

 写真2−1 新川破堤箇所流入状況
 写真2−2 新川破堤箇所復旧後状況

(7) 東海豪雨災害と激特事業計画
 東海豪雨災害を受けて国土交通省中部地方整備局(旧建設省中部地方建設局)と愛知県は、平成12年度から16年度までの5年間で庄内川・新川について「河川激甚災害対策特別緊急事業」により、庄内川と新川の一体的な整備を図り、再度、同様な降雨に見舞われても、洪水を安全に流下させるとともに、内水浸水被害を最小限にとどめることとしている。

 この事業は、新川では河床の掘削、堤防の強化、橋梁の改築と補強、遊水地の整備などの工事、庄内川では河道の掘削、築堤、堤防の強化、洗堰の改築などの工事及び庄内川・新川一体の防災情報システムの整備を主な内容としている(図2−7)。

 具体的には、再度同様な洪水が発生した場合にも、洗堰からの流入を低減させることと併せて、計画内水ポンプ増強を含めた流量を安全に流下させることのできる断面を河床掘削等で確保する。


2.新川の水理・水文現象の解析

(1) 降雨解析
 新川流域内及びその近傍においては、気象庁、愛知県など10箇所の雨量観測所の記録が得られている。これらの降雨量資料から、五条川合流点の新川基準地点(河口から12.4km上流)から上流流域の平均雨量及びその再現確率を求めた。

 新川流域の雨量観測所の総雨量は春日井の512mmを筆頭に軒並み300mmを超えている。新川基準地点(流域面積約240km2)での流域平均雨量は最大1時間雨量が45.6mm、最大3時間雨量が115.6mm、最大24時間雨量が333.3mとなっている。

 昭和37年〜平成10年までの37年間の雨量データをもとに今回降雨の確率評価をおこなうと、最大1時間雨量は1/20、最大3時間雨量は1/300、最大24時間雨量は1/100〜1/150と推定される。

 新川流域における今回降雨の特徴としては北西部の支川五条川流域に比べ北東部の大山川、地蔵川や新川本川筋の降雨が激しかったこと及び流域全体としても長時間にわたり、確率的にみても100年から300年に1回程度と推定される大量の降雨であったことが挙げられる。

(2)流量の分析
 今回の洪水の構成は、自然流出域の洪水流出、中下流部の内水域におけるポンプによる排水及び洗堰より流入した庄内川本川の流水からなっている。まず新川流域での激しい降雨により新川自然流出域の洪水流出が急激に増加し、それに中流部のポンプ排水が加わり、9月11日21時頃に第一ピークを記録し、その後若干減少した。しかし、庄内川本川の洪水流量の増加はその後も続き、21時から22時にかけて洗堰をこえて新川への流入が始まった。そのため新川流量は、再び増加傾向に転じ、庄内川からの流入量の増大に伴ってなだらかに増加を続け、9月12日2時50分頃に第二ピークに至っている。

 破堤地点は久地野地点より約4km下流に位置し、両地点間には11箇所の排水機場が設置されており、洪水中には排水区域の流出状況や排水調整措置に対応して運転操作が行われていた。破堤地点近傍の水場川合流点における流量変化は、久地野地点とほぼ同様の傾向を示すものの、11日21時頃の第一ピーク後の流量低減はほとんどなく増加を続け12日3時20分頃に第二ピークを観測している。

 今回洪水では新川自然流出域でのピークを過ぎかけた頃、洗堰からの庄内川流水の流入が始まり、しかも過去最大規模の流入量となり、降雨の減少にも関わらず流量を減じることなく、長時間にわたり新川を大きな流量が流下する結果となった。

 新川本川上流の久地野(河口から約21km上流)における流量を、今回洪水の水位観測データと過去の流量観測から得られた水位流量曲線(H−Q曲線)で推定した結果、第一ピーク時の流量は約630m3/s、第二ピーク時は約720m3/sと推定される(図2−8)。その内、庄内川からは痕跡水位から推定すると、最大で約270m3/sが新川へ流入していたと思われる。また、破堤地点近傍の流量は、久地野流量にポンプによる内水排水量を考慮し推定すると、第一ピーク時で700m3/s、第二ピーク時(12日午前3時)で750m3/sであり、後者の流量の内訳は、自己流域から流出量約59%、ポンプ排水量約8%及び庄内川からの流入量約33%と推定される。

(3) 水位の分析
 この豪雨による水防警報基準地点の久地野水位の変化状況は、先に記したとおりである。

 破堤地点の水場川合流地点の水位は、9月11日19時40分に計画高水位T.P.+5.20mを、12日2時10分には計画堤防高T.P.+6.20mを越え堤防満杯の状態となり、同3時20分に最高水位T.P.+6.28mに達した(図2−9)。
 河口から16km地点における左岸堤防天端の標高は、平成11年の測量結果によるとT.P.+6.33mとなっており、この時点この区間における洪水流量は堤防を溢れる寸前の状態であったと推定され、一時的、局所的には越流した可能性も否定できない。その後同3時30分頃、破堤に至ったと推定され、破堤口からの外水氾濫が生じたことにより、水位は急激に低下している。このように破堤地点では、計画高水位を超過した後、約8時間後に破堤に至っている。

 新川水位の痕跡調査及び水理計算(一次元不定流・不等流計算)によると、砂子橋(河口から9km上流)付近から上流では計画高水位を超えており、特に五条川合流付近(河口から12.4km上流)から上流での水位上昇が顕著で、洪水がほぼ堤防満杯となる高い水位状態が長時間継続した。

 以上のとおり、新川の水位は、未曾有の降雨による新川流域としても既往最大の洪水流出に、洗堰を通じて庄内川洪水の大量の流入が加わり、中上流部において計画高水位を大きく超える状態であった。

(4) 水位や流れへの影響要因分析
 次に、通常の洪水流量に対応した水位変化のほかに破堤地点近傍の水位や洪水流下形態に影響を及ぼす可能性があると考えられる要因として以下の3項目があげられる。

 @下流に架かる多くの橋梁の橋桁や橋脚による影響
 A破堤地点対岸における樋門工事の仮締切設置による影響
 B破堤地点対岸の水場川排水機場の稼動による影響

 以下、各要因における影響度合いの分析及びその結果を示す。

 a)橋梁による影響
 新川には河口から破堤地点まで16kmの間に30橋という多くの橋梁が架かっており、中には桁下が計画高水位に近いもの(部分的に下回る橋梁も1橋ある。)もあり、これらの橋梁上部工が洪水の疎通を妨げて上流の水位を上昇させたと考えられる。水理計算(一次元不等流計算)の結果、下流橋梁群の破堤地点の水位上昇への影響は最大約40cmであったと推定される(図2−10)。

 b)工事仮締切の影響
 破堤地点対岸では河川工事を施工中であり、仮蹄切を設置していた。本工事は、水場川排水機場の能力確保を図るための工事の一環として排水樋門を改築するもので、平成12年2月から約14ケ月の工期で着手していたものである。この仮締切は、常時水位の仮締切として、低水路内に低水護岸高で縦断方向約70m、横断方向約7mにわたり鋼矢板による仮締切を設置するとともに、高水敷以上の堤防を約17m堤内地側にタイロツドを用いた二重蹄切構造で移設していた。この仮蹄切によって、計画高水位でみると、流積は確保されているものの、横断面形状の変化により水位を上昇させるとともに、流れに変化をもたらした可能性が考えられることから、水理計算(平面二次元不定流)によってその影響を評価した(図2−11)。

 この結果、最高水位に至った第二ピークで評価しても、流向の変化は仮締切周辺に限定され、また水位の上昇は最大となっている仮締切直上流で4cm程度であり、左岸付近ではほとんど変化が認められない。これらのことから、仮締切が水位の上昇や流向の変化に与える影響は極めて微小であったものと推定される。

 c)水場川排水機場の影響
 破堤地点対岸部の水場川排水機場は、最大で30m3/sの排水能力を有している。排水樋門からの排水は、新川本川の洪水流向に対して直角方向に排水されるので、本川の流れの方向に影響を与え、対岸の破堤部の堤体に外力を与える可能性があると推測されることから、水理計算(平面二次元不定流)によってその影響を評価した(図2−12)。

 この結果、最大の排水を行った12日午前2時で評価しても、排水機場からの排水が新川本川の洪水の流向に与えた影響は極めて微小であったと推定される。なお、本排水機場は、破堤推定時刻の約1時間前の2時35分に運転停止している。


3.破堤箇所周辺の土質の状態

 破堤個所周辺での堤防設置位置は、庄内川治水地形分類図(建設省中部地方建設局庄内川工事事務所,昭和54年)によると自然堤防地帯に分類されるが、明治22年の古地図では水場川と考えられる水路の旧河道跡付近となっている。土質調査の結果、調査区間全域において堤防基礎地盤は洪積砂礫層の上に沖積粘性土層(2〜4m程度)があり、その上に透水性の砂層が厚く(5〜7m程度)分布しており、表層には粘性土が薄く(1m程度)分布している。ただし、この表層粘性土は破堤区間直上流部で確認されない部分がある(図2−13,15,16)。

 堤防本体部分は全般的に砂質・レキ質土の材料で構成されているが、その上部下部に粘性土を含む区間(破堤箇所下流でみられる)とそうでない区間が認められる。破堤箇所の堤体は後者のタイプで、透水性は比較的高い状態であったと推定される。

 また、破堤区間の上流端では基盤及び法尻部で、破堤時に生じたと考えられる最大洗掘深約6mの深掘れ(落堀:おっぽり)が確認されている(図2−17)。

 堤防の構造は、低水護岸としてシートパイルが打設され、その頂部および高水敷きはコンクリートで覆われている。表のりは計画高水位までコンクリートブロックが1:2の勾配で張られている。表のり余裕高部分と裏のりの勾配は1:2であり、また天端の幅は6mで、いずれも土羽となっている。低水護岸として設置されているシートパイルは、破堤個所を含む3地点において鋼矢板長を調査したところ、約10mの長さがあり、上記の基礎地盤調査と照合した結果、難透水層である沖積粘性土層(厚さ2〜4m程度)に貫入していることが確認された。堤防天端は舗装されておらず、降雨の浸透しやすい状態であった。また、水路が提内地の堤防沿いに設置されている(図2-14)。


4.破堤機構の推定

 河川堤防の変状は、一般的に@侵食、A浸透、B越水の3つの現象によりもたらされる。目撃証言、被災状況、土質調査及び安全性照査結果から得られる情報をもとに破堤機構を推定すると以下のとおりとなる。

(1)目撃証言からの破堤機構
 破堤箇所に係る目撃証言及び破堤箇所対岸での水位観測記録によると、新川堤防の破堤は9月12日3時30分頃と考えられる。破堤に関する目撃証言は、今まで4名程度から得られているが破堤の瞬間を目撃した人はいない。これらの目撃証言より破堤に至るまでの堤防変状の様子を推定すると以下のとおりである。
 @まず、堤体が湿潤化し、裏のり面にすべりによる亀裂が生じた。
 Aこのすべり面が時間とともに拡大し、堤防天端の幅は狭くなった。
 B河川の水位は堤防満杯に近い状態であったことから薄くなった堤防断面では河川水の浸透及び河川水の水圧には持ちこたえることができず、破堤に至った。

(2)被災状況からの破堤機構
 侵食による被災は、流水による堤防基礎部の洗掘及び堤防表のり面の侵食が原因となるが、新川堤防では低水護岸としてシートパイルが施され、堤防表のりには計画高水位まではコンクリート張り護岸、また計画高水位以上は芝で被覆されており、侵食によるとみられる被害は認められない。

 次に、浸透による被災は、浸潤線の発達による裏のり面のすべりと基礎地盤の浸透破壊(パイピング破壊)に分けられる。破堤箇所周辺の天端面は舗装されておらず、雨水が浸透しやすい状態であり、雨水浸透及び川表側からの計画高水位を超えた河川水の浸透による堤体の不安定化から裏のり面のすべり破壊が発生したものと考えられる。新川の堤防では破堤箇所以外にも裏のり面すべりの被害が数ヶ所で発生している。

 越水による被災は、越流水によるのり面の侵食及びのり尻部の洗掘が主な原因となる。破堤箇所周辺の堤防では水位はほぼ堤防天端に達していたから、破堤箇所においても越水の可能性は否定できない。但し、越水があったとしてものりすべりが天端に及ぶまでの間の越流量は微小であり、堤体変状の主因ではなかったと推定される。

(3)土質調査及び安全性照査結果からの破堤機構
 破堤後の土質調査結果を基に堤防をモデル化し、被災時の外力のもと、侵食、浸透及び越水に対する堤防の安全性を、現行の標準的な解析手法で照査したところ、以下のような結果が得られた(図2−18〜20)。

 @ 侵食
 高水護岸及びその上部の芝のり面は流体力に対してともに安全性が確認された。
 A 浸透
 降雨及び河川水位を外力とし、堤体が細粒土分をあまり混入しない砂質、レキ質土で構成されていたとするタイプ(図2−18のE断面タイプ)と細粒土分を多く混入する粘性土と砂質・レキ質土から構成されていたとするタイプ(図2−18のB断面タイプ)の2タイプについて、浸透流計算、円弧すべり計算を実施した。すべりに対する安定性についてみると、透水性の比較的高いE断面タイプでは安全率1近傍に迫る危険な状態になっていると推定される。このような状態は、基礎地盤表層の粘土層の有無によってほとんど差異は認められない。なお、局所動水勾配は許容される値近くまで増加している。
 また、透水性が比較的低いB断面タイプでは安全率は1.8と安全性が高いことが確認された。
 このことから、破堤箇所の土質はE断面タイプに分類されると考えられる。
 B 越水
 越流水深を5cm、10cm、30cmと想定して計算した結果、堤防裏のり面に生じるせん断力はいずれのケースも許容される値を上回り、安全性が確認されなかった。

(4) 総合的判断
 以上を基に堤防破堤機構を考察すると以下となる(図2−21)。
 @降雨量は新川の計画規模をはるかに超え、これに内水域からのポンプ排水及び洗堰からの庄内川の洪水流入も加わり、計画高水位を超える河川水が長時間にわたり外力として作用した。

 A降雨及び河川水の堤体浸透により堤体は湿潤状態となり、安全率の低下した堤防裏のり面にのりすべりが発生した。

 Bその後、裏のり面のすべり変状が徐々に堤防天端に及び、堤防がやせ細った。

 C浸透してきた表面流により、裏のり面の侵食が更に進み、堤防はますます細くなり、堤防天端にせまる高い水位には耐え切れない状態となった。

 D破堤区間上流部で薄くなった堤防の上部が崩れ、越流し、堤防のり尻部及び基礎地盤を激しく洗掘した。

 E破堤の初期段階では残っていた高水護岸が壊れることにより、河川水が一気に流出し、破堤口を拡大していった。また、堤防のり尻部及び基礎地盤での洗掘も拡大、落堀が形成された。

 Fなお、破堤箇所以外でも裏のり面すべりが数カ所発生しており、堤防天端に近い水位であった一連の区間においては、どこで破堤してもおかしくない状態であった。


5.堤防復旧・補強にあたっての基本方針

(1)基本的考え方
 新川では、河川激甚災害対策特別緊急事業として堤防強化の他に、河道改修(河床掘削等)、内水ポンプの増強、遊水地の整備、橋梁改築と防災情報システム整備等のソフト対策が行われる予定である。また、庄内川においては洗堰の嵩上げによる新川への洪水流入量の抑制が行われるが、庄内川の改が進み、洗堰が完全に閉めきられるまでは相当の年月を要し、それまでの間、庄内川からの流水の可能性が残ることとなる。

 また、今回規模の災害時には各地で危機的状況が発生し、越水等による堤防の急激な変状に対して迅速な水防活動が期待できない可能性がある。

 これらのことから、新川破堤区間の堤防復旧及びその他の区間の堤防補強にあたっては、今回の洪水による被害・経験及び推定された破堤機構を踏まえ、計画高水位を超える洪水が発生することを前提に、堤防の計画高水位以下の洪水に対する安全性はもとより、これを超える洪水に対しても急激に壊れず粘り強い堤防として復旧・補強することを目標とし、併せて実施する新川の河道改修(河床掘削等)及び洗堰の嵩上げ等の河川激甚災害対策特別緊急事業と調整を図りながら実施することが肝要である。

 このため、復旧、補強する堤防は、
 @降雨及び河川水を堤防に極力浸透させない構造
 A堤防に浸透した浸透水を、速やかに排出する構造
 B万が一、越水しても、急激に壊れない構造
 C植生、環境及び景観(上下流部との連続性)に配慮した構造

 を基本とし、現場の自然及び社会条件に適合した堤防構造とすべきである。
 ただし、堤防強化だけでは洪水に対しての絶対的な安全性は確保できないことから、水防活動等のソフト対策との連携により減災に努めることが必要である。

(2)堤防の構造
 新川堤防は築造されてから長い年月を経ており、周辺の土地利用及びまちづくりは、既にある堤防の高さ等の形状を前提に進んでいることから、堤防の極端な拡幅や嵩上げは困難な状況にある。このような制約条件を踏まえ、新川堤防の復旧・補強にあたっては以下を目標とする。

a)前提とすべき条件
 @堤防形状
 ・堤防高 :適切な余裕高を確保する堤防高とする。
 ・天端幅 :堤防管理上必要となる4m以上の天端幅を確保する。
 ・のり勾配:2割以上の緩いのり勾配とする。

 A安全性能
 ・今回の災害における降雨及び洪水の状態に至っても、以下の安全性能が確保できるものとする。
 ・浸透に対する安全性能(浸透によるのりすべり及び基礎地盤のパイピング)
 ・侵食に対する安全性能(現状の表のり構造でも安全性は一応確保されている )
 ・越水に対する安全性能(万が一、越水しても、急激に壊れない粘り強い構造)

b)復旧区間の堤防構造
 3つの代替案について安全性、施工性及び維持管理等の比較検討の結果、堤防構造については以下の構造を基本とする。

 @堤防応急復旧のために基礎地盤や堤体に用いた土砂・瓦礫を良質土に置きかえる。

 A堤防表のりには保護マット付遮水シートを敷設して河川水の浸透を防止し、表面は計画高水位以下に護岸工を施工する。 また、計画高水位以上は覆土等とする。

 B堤防天端は、舗装工により被覆し、降雨の堤体への浸透を防止する。

 D堤防裏のりには、吸出し防止用保護マットを敷設して仮に越水しても急激には壊れない構造とし、表面は覆土し緑化する。

 E堤防裏のり尻にはドレーン工及びのり尻保護工を設置し、堤防内部の浸透水を排出する構造とする。(図2−22)

c)補強区間の堤防構造
 @既設護岸、シートパイルは現状で侵食及 び河川水の浸透防止に効果を発揮して おり、経済性、早期補強の観点から、これらをなるべく活用した構造とする。

 A堤防表のりの計画高水位以上は、保護マット付遮水シートを敷設して降雨、及び河川水の浸透を軽減し、表面は覆土等とする。

 B堤防天端、堤防裏のり及びのり尻の構造は復旧区間に準じるものとする(図2−23)。

d)留意事項

 @覆土等ののり面を侵食しないよう堤防天端の雨水を適切に処理する。
 A既設シートパイルが基礎地盤の難透水層(粘性土層)に貫入していることを土質調査等により確認する
 B細部構造については、所要の安全性を確保しながら現場地形等に応じて、柔軟に対応するものとする(図2−24,25)。



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