天狗橋事件 金沢地方検事への証人喚問



永田敏男・地方検事への証人喚問

1951(s26)年10月22日 第012回国会行政監察特別委員会議事録より


○島田委員長代理
 それでは引続き永田敏男君より証言を求めることといたします。永田敏男君ですね。

○永田証人
 そうです。

○島田委員長代理
 あらかじめ文書をもつて御承知の通り、本日正式の証人として証言を求めることに決定いたしましたから、さよう御了承ください。
 ただいまより公共事業費をめぐる不正事件について証言を求めることになりますが、証言を求むる前に証人に一言申し上げます。昭和二十二年法律第二百二十五号、議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律によりまして、証人に証言を求める場合には、その前に宣誓させなければならぬことと相なつております。
 宣誓または証言を拒むことのできるのは、証言が証人または証人の配偶者、四親等内の血族もしくは三親等内の姻族または証人とこれらの親族関係のあつた者及び証人の後見人または証人の後見を受ける者の刑事上の訴追または処罰を招くおそれのある事項に関するとき、またはこれらの者の恥辱に帰すべき事項に関するとき、及び医師、歯科医師、弁護士、弁理士、弁護人、公証人、宗教または祷祀の職にある者またはこれらの職にあつた者がその職務上知つた事実であつて黙秘すべきものについて尋問を受けたときに限られておりまして、それ以外には証言を拒むことはできないことになつております。
 しかして、証人が正当の理由がなくて宣誓または証言を拒んだときは、一年以下の禁錮または一万円以下の罰金に処せられ、かつ宣誓した証人が虚偽の陳述をしたときは、三月以上十年以下の懲役に処せられることとなつておるのであります。一応このことを御承知になつておいていただきたいと思います。
 では法律の定めるところによりまして証人に宣誓を求めます。御起立を願います。
 宣誓書の御朗読を願います。
    〔証人永田敏男君朗読〕
   宣誓書
  良心に従つて、真実を述べ、何事もかくさず、又何事もつけ加えないことを誓います。

○島田委員長代理 それでは署名捺印を願います。
    〔証人宣誓書に署名捺印〕

○島田委員長代理
 これより証言を求めることになりますが、証言は証言を求められた範囲を越えないこと、また御発言の際にはその都度委員長の許可を得て答えるようお願いいたします。なおこちらから証言を求めるときはおかけになつていてよろしゆうございますが、お答えの際は御起立を願います。
 証人はいつから現職に就任されましたか。

○永田証人
 昭和二十二年六月二十八日付で検事となりました。そして昭和二十五年九月十三日付をもつて金沢地方検察庁に勤務することになりました。その以前、昭和十二年二月以降昭和二十一年五月二十一日まで朝鮮総督府検事をしておりました。

○島田委員長代理
 天狗橋事件の捜査の経過と本件に関する処分を要綱だけひとつ述べてください。

○永田証人
 ちよつと書類を見てよろしゆうございますか。

○島田委員長代理
 いいでしよう。

○永田証人
 天狗橋が落下いたしましたのは、昭和二十五年十一月十一日午前十時ごろであります。それがその翌日石川県の地方新聞である北国新聞などに掲載されまして、当時の金沢地方検察庁検事正名越亮一がこれを見まして、これは一応現地に行つて実況検分の必要がある、こういうことで最初私に行けないかというようなお尋ねがあつたのでありますが、当時私は他の事件で非常に忙しくて行けなかつたのであります。そしてほかの検事も事件の関係でさしつかえがあつたために、検事正みずから庶務課長を帯同して現地に行き、実況を検分されたのであります。
 ところが橋が上流側が全部下に落ちてぶら下つておるのであります。そのぶら下つておる橋の縦げた及び上流側の下弦材が一部のこぎりで切断されておる箇所があつたのであります。それでどうもこれはおかしい、落下の原因は、その前にその橋が大分腐つておりまして、補修の必要があるというので、石川県で百六十三万円かと思いましたが、予算をもらつて、そして株式会社宮竹組に百五十万円で補修工事をやらせておつたのでありますが、その補修工事中あやまつて橋が落下したということであつたのであります。
 しかし検事正は、橋を補修するのに下弦材を切つたり縦げたを切るというのはおかしい、これは捜査の必要が十分ある、こう見られたということであります。この橋は石川県石川郡鶴来町と石川県能美郡山上村の間を流れている手取川に架設してある橋であります。それで地元の鶴来町警察署においては、この橋が落下したときから、業務上過失致死傷害の容疑をもつて捜査をし、ちようど検事正が行かれたときも実況を検分しておつたのであります。
 検事正はよくいろいろ実況検分のことなどを注意して帰られました。帰るとすぐ私をこの事件の主任検事に指名されたのであります。一方国家地方警察におきましても、やはりこの橋については管轄権がありました関係上、鶴来町警察署と一緒になつて捜査を続けておつた。そしてまず鶴来町警察署におきましては、同月十六日、その橋の工事の現場主任でありまして、株式会社宮竹組の取締役であつた小村惇を業務上過失致死傷罪で逮捕しました。そうして翌十七日、金沢地方検察庁に同じ罪名で送致して来たのであります。
 また国家地方警察石川県本部におきましては、同月の十七日に石川県金沢土木出張所の雇いだと思いますが、今西三郎を往来妨害致死傷の容疑のもとに逮捕いたしました。これは翌十八日検察庁に送致して来ました。一方私は同月十七日に、裁判官の令状をもらいまして天狗橋の検証におもむいたのであります。
 検証の概略を申し上げますと、大体橋はつり橋になつておりまして三径間になつております、その三径間が全部上流側が落ちておりました。つり線は橋のたもとの方が一部そのままになつておるのがありましたが、あとはほとんど上流側が落ちております。下流側は異常がないのであります。
 そして先ほども申し上げましたように、検事正が見られた橋の、鶴来町側からいつて第一径間の四つ目の横げたのあたりの上流側の下絃材と、それから縦げたのうち三本ばかり切つてありました。そういうところから、これはどうも故意にやつたような疑いがあるというので捜査いたしました結果、十一月の十八日に検証して、その日に株式会社宮竹組の専務取締役金山岩松、それから石川県金沢土木出張所の雇い山森郁夫、宮川務、松野二朗、この四名を逮捕したのであります。
 罪名は往来妨害致死傷罪、そしてこれらの被疑者について捜査をした結果、さらにこれは上の方からの指示に基くものであるという容疑を認めましたので、翌十九日金沢土木出張所長嶋倉武男、石川県土木部道路課長竹島清一、この両名を逮捕したのであります。そうして捜査をした結果、同年の十二月九日、竹島清一、嶋倉武男、今西三郎、山森郁夫、金山岩村、小村惇、向山初三郎、先ほど言い落しましたが、その後向山初三郎を十一月の二十六日逮捕して調べておりました。そしてただいま申し上げましたような竹島、嶋倉、今西、山森、金山、小村、向山、これだけを往来妨害致死傷罪で起訴したのであります。そして残りの宮川務、松野二朗、この両名は起訴猶予処分に付したのであります。
 そうしてさらにこの事件については、予算獲得の目的をもつてなしたという疑いが多分にありました。さらにその点につきまして鋭意捜査を遂げました結果、昭和二十六年二月の七日、竹島清一を詐欺未遂罪でもつて起訴したのであります。そうしてその後公判を重ねておりまして、第一回から第九回まで全部併合して公判の審議をいたしました。これは最初から被告人側の要望であつたのでありますが、それぞれ立場が違う、竹島被告については県庁側で一番上の地位にある。それから出張所は業者との中間に立つておる。それであるから出張所の嶋倉武男、今西三郎、山森郁夫、この一つの関係。それからいま一つは、一番最後の工事を請負つてやつておつたところの株式会社宮竹組の関係で、金山岩松、向山初三郎、小村惇、この三名の関係、これらはそれぞれの立場が違うから公判は分離してやつてほしいということで――検事としては分離すると非常に公判が長びくし、同一証人を何回も調べることになるので、訴訟経済の目的上困るといつて反対したのでありますが、裁判所はこれを分離いたしました。
 この三つの関係で証人調べを行つたのであります。そうして竹島関係では、第一回と第二回で終りました。それから出張所の関係では五回まで行きました。それから業者の関係、宮竹組の方の関係ではこれも第五回まで行つておるようであります。ところが最初予定しておりましたこの事件の関係者は、全部警察の調書、検事の調書、こうしたものには同意しないような意向であつたのが、大部分同意されまして、今までの警察の調書、検事の調書を証拠として提出することになりました。
 そうなりますと、これを分離したままでありますとそれぞれ謄本をつくらなければならぬ。それが非常に大部になりますので、検事の方からこの点の併合審理を求めまして、第十回からずつと公判を開きまして、そうして現在十五回まで行つております。それでほとんどこの警察並びに検事の調書は同意のあつた部分は全部提出したわけであります。それで現在は、検事の申請した証拠のうちで、石川県土木部長田中精一の調書は、業者の方の関係と出張所側の関係では同意せられたが、竹島被告がこれに同意しない。これは証人申請をして来月の二日だと思いましたが、証人として公判廷において尋問することになつております。それからその間に検事の方から申請いたしまして、裁判所に天狗橋の検証を依頼し、なおその検証現場において工事に携わつておつた人たちの重要な者を証人として、全部現場で種々説明を求めたのであります。検事の立証の段階が大体次回くらいで一応終つて、それからあとは被告人側、いわゆる弁護人の方の申請の証人尋問の段階に入る、かような経過になつております。

○島田委員長代理
 近ごろ公共事業に関して、公務員の綱紀が非常に紊乱した事実が多いといううわさがひんぴんと行われておりますが、証人が実際に知つている範囲内で、ごく代表的な事実をお述べ額いたいと思います。

○永田証人
 この天狗橋以外の事件についてでありますか。

○島田委員長代理
 天狗橋事件以外にも、証人の知つている範囲内でごく代表的なものがあればお述べ額いたいと思います。

○永田証人
 公務員関係で当職が金沢地方検察庁で取扱つた事件は、この前に北陸電気通信局の職員の涜職事件がありました。その前に前任者が起訴して、その引継ぎを受けた事件が一件、これだけであります。そのほかの件は、私が直接取扱つておりませんから、ここで申し上げるまでのはつきりしたことがわかつておりません。

○島田委員長代理
 天狗橋事件は、われわれが聞いた範囲内では、予算の獲得のために無理にたたき落した。そうして被害の査定を受けるのに大体都合のいいような方法をとつたんだというふうなことを聞かされているのですが、あなたがお調べになつたところで、真相やら見通しについて述べていい範囲内で御説明が願えれば発表願いたいと思います。

○永田証人
 昭和二十六年二月七日、竹島清一に対する詐欺未遂の起訴と申しますのは、いわゆる予算獲得を目的としてやつたが、その目的を遂げなかつたという容疑でもつて起訴されております。それは大体石川県におきましてこの天狗橋が前々から、最初に設計した当時から少し設計に無理があつたようであります。その後雨や風にさらされて、何回かこれを修理しておつたようであります。昭和二十五年四月ごろになりまして国庫補助を受けようというので、百七十四万円の予算の請求をして、とにかく百六十三万円が認められたんじやなかいかと思つております。
 そうしてその年の八月の二十二日に、石川県知事、石川県金沢土木出張所長がこの橋の補修工事の請負指名入札をやつたわけであります。その結果、株式会社宮竹組が百五十万円で落札をしまして、同月二十五日に石川県知事と宮竹組との間に百五十万円で天狗橋の補修工事をやるという契約が成立したのであります。そこで宮竹組では同年九月一日からその補修材料の収集に着手しております。ところが、たまたま同月三日ジエーン台風が襲来いたしまして、本邦の各方面に相当の被害を受けたのであります。天狗橋はこのジエーン台風でどの程度の被害を受けたかということがこの事件の問題な点であります。検事の捜査した範囲におきましては、この台風によつて被害があつたということがどうも認められないのであります。
 ところが、石川県におきましてはこのジエーン台風によつて被害をこうむつた、こういうことで復旧工事費一千万円の国庫補助の申請をしたわけであります。この国庫補助の申請をしたことがはたして適当であるかどうかということになるわけであります。この点につきまして、捜査をしたところでは、この予算請求の一番起案者になつているところの当時の石川県土木部道路課長竹島清一は、この天狗橋に一度も行つて見ておらないのであります。従つてジエーン台風によつて天狗橋がどんな被害を受けたかということは本人は知らないのであります。
 それからその下の石川県金沢土木出張所長、それからその部下である技師沢田正春、それから今西三郎、そういつた天狗橋を所管している土木技師などもジエーン台風当時及びその後にこの現場に行つておらないのであります。従つて全然その被害がどの程度あつたかということはわからないのであります。
 ところが、九月の中旬ごろに竹島道路課長がその当時石川県金沢土木出張所に勤務していた技師沢田正春を呼びまして、ジエーン台風によつて天狗橋が相当の被害を受けて、その復旧工事を必要とするような設計内訳書をつくつて出してくれ、こう言つたわけです。そこで沢田技師は、さらに同出張所に勤務しておつた山森郁夫にその作成を命じまして、そうしてでき上つたのが五百六十二万円の設計内訳書であります。
 この五百六十二万円の設計内訳書を沢田正春が竹島道路課長のところへ持つて行つたところが、これでは工事費が少いから一千万円くらいにしてくれ、こういつたものですから、沢田正春はさらに五百六十二万円の設計内訳書を持ち帰つて、山森郁夫に一千万円の工事内訳書をつくつてくれ、こういつてつくらせた。そうしてそのころ竹島被告のところへ出したのであります。山森郁夫がつくつて、沢田の手から竹島被告のところへ行つたこの一千万円の復旧工事の内訳書が基本となつて、石川県ジエーン台風昭和二十五年災害復旧工事もくろみ書というものができ上つたわけであります。
 そうして十月の四日に石川県知事より建設大臣あての国庫負担災害復旧検査申請書というものが出て、その申請書にこの目録が添付されて建設省にまわされたわけであります。ところがこの書類を出した結果、建設省では実地に現場に行つて調べてみなければならぬという関係で、齋藤技官ほか技官が二名、それから事務官一名が富山県を通つて石川県へ来たのが十一月の十二日から十五日までであつたのであります。それで十一月の十二日に建設省から天狗橋を見に来るということを県の方で知つたのが、大体十月の二十日か二十二日ころなのであります。それでその当時、天狗橋の鶴来町の反対側の山上村のたもとに百五十万円の補修工事をするために材木が積んであつた。これをそのまま置くと、建設省から見に来た場合にどうも見つかるじやないか、それはもう隠せというわけで、一部はすぐわきの方へ置いたのですが、大部分はずつと下流の方に持つて行つてしまつた。
 そうしてさらに十一月に入つてから、一部その付近に置いたのもほかのところへ運んで、結局もう十一月の上旬には、天狗橋の付近には百五十万円の補修工事の材料は見えなくなつた。そうしておいて、この十一月の七日ころに竹島被告が出張所長の嶋倉に対して、天狗橋の査定が四分の三以上の被害程度でなければ検査が通らないから、そのつもりでやつてくれ、こういう指示をした。
 それからまた十一月の八日、その翌日ごろ金沢野町駅から市内電車の中で、竹島道路課長が宮竹組の専務取締役の金山岩松に会つたときに、天狗橋はあのままでは査定が通らないから、ジエーン台風によつて自然にこわれたように、四分の三くらい橋を傾けてくれ、こういうように言つたということであります。もつともこの点は言うことが違うのでありまして、嶋倉所長、金山岩松はそういうふうに言われたと言つておるのでありますが、竹島道路課長はそういうふうなことは言つたことはないといつておるのであります。これは証拠の問題になるわけでありますが、とにかくそういうふうに、言うことがかわつておるということだけはつきりと申し上げておきます。
 その結果、出張所側の方では、今西三郎とか、山森郁夫とか、松野二朗、宮川務、こういう人たちが、宮竹組の方に行きまして、天狗橋に一緒に出かけまして、この橋をこわすことなどを、こうやつたらいい、ああやつたらいいというような具体的な相談をしておるようであります。そうして結局、今度は宮竹組の方では、金山が工事の現場主任をしておる小村惇、それからそれまでに天狗橋の工事に何回か携わつたことのある向山初三郎、こういう者に命じて、この橋を傾けなければならぬ。どんなふうに傾けるかというと――これは具体的にこの事件では明確にわからないが、とにかく四分の三傾けろというのだから、四分の三傾ければいい、こういうのであります。その四分の三は橋がこうなつているのをこういうふうに四分の三傾けるのか、この橋の全長の四分の三ぐらいを傾けるのか、これははつきりしないのでありますが、とにかくそういう指示を受けたというので、傾ければいいだろ、というわけで傾けることを計画した。
 そうしてそれを傾けるにはどうしたらいいか。結局つり橋ですから、つつてあるつり線をはずせばいいじやないか、そうしてつり線をはずしたところへかぐらでもつてワイヤー・ロープを巻いてかわりにつつておく。そうしてつり線をはずした上で、つり線がこうありますと、そのまわりに橋のたもとの方からかぐらでワイヤーをおろして、ぐつと巻き上げてまたもとのところにつつておいて、そうしてもとのつり線をはずしておいて、補助のつり線をつけてつつておいて、結局全部はずしたあとで下げて行けばいいじやないか、こういう計画だつたようであります。
 ところがどうもそれがうまく行かなくて、橋が落ちてしまつた。捜査の結果そういうふうに認められるのであります。
 結局、建設省から係官が来たのが十二日でありまして、橋の落ちたのが十一日、その来る前の日までにこれをやらなければいけないといつてやつたのが、こういうふうになつたわけであります。
 なおジエーン台風による天狗橋の被害状況がどうであるかという点につきましては、私にも捜査並びに公判における状況などによつて、見解はあるのでありますが、これをここで申し上げることは、今公判が進行中でありまして、今後相手側の証拠の提出、反証の提出があるわけでありますので、ここでちよつと申し上げかねるわけであります。

○島田委員長代理
 委員の側で質問がありますか。

○鍛冶委員
 大体わかりましたが、建設省の技官が行きましたが、それで行つてどうであつたか、その結果をちよつと……。

○永田証人
 十二日に建設省の技官齋藤正男、それから澁谷一友、樋口哲司、税所国雄、この四人が参りました。そうしてこのときは天狗橋だけを視察に来たわけじやなくて、石川県下の災害状況を見に来たわけであります。
 天狗橋に行きましたのは十二日の午後であります。これは方々に手わけして行きましたので、そのとき行きましたのは齋藤技官がそこへ行つております。このときの建設省の一番首席は齋藤技官で、これが天狗橋に行きまして、そうして最初金沢から出て辰の口を通つて、鶴来町と反対側の山上村の方の橋詰めに行つたわけです。そうしてそこで、十分か十五分くらいだと思いましたが、見まして、さらにほかへまわつたわけであります。
 それで結局このときにはもうすでに天狗橋のこの事件が新聞にも掲載し始められておつたのであります。それで建設省の技官の方でも、これの査定はすぐやらなかつたわけであります。ほかのものは、十二日の分は十二日に済ませておるのでありますけれども、この分だけはそのままになつておりまして、一番最後に十四日の日かと思いましたが、十四日の一番最後のとりまとめのときに、結局これは保留になつてしまつたわけであります。これはどうもジエーン台風による被害状況がはつきりしない、こういうわけで保留になつたようであります。

○鍛冶委員
 これは技術官が見れば、今のあなたの話では、のこぎりで切つてあるというのですから、台風でいたんだものか、作意でいためたものか、すぐわかると思うのですが、それはそれでは見なかつたのですか、それとも見て、そういうのだから台風被害と認めぬといつたのですか、どちらでしようか。

○永田証人
 それは橋を切つたところは、鶴来町側から一番最初の径間なんであります。ですから鶴来町の方へ行けばすぐわかるのであります。ところがまわつたのは反対側の山上村の方へまわつたのであります。そのときは橋が落ちておりますから、橋は渡れぬわけでございます。それからその当時は渡船もまだ通つておらなかつたので、結局こちらへまわれなかつたのであります。それで検事としてはこの点にも多少疑問を持ちまして、そのときの案内役は、石川県の砂防課長の佐久間龍男という人が案内したわけでありますが、この点について検事としてはわざわざ切り口が見えない方に自動車をまわしたのじやないか、こう言つたのでありますが、いやそういうことはないと言つているのです。

○鍛冶委員
 これは、それ以上はなんですが、ある一説では、わざわざそこへまわして、そうしてそこを見せないで、その晩和倉温泉へ連れて行つたという話ですが、それはどうですか。聞いておりませんか。

○永田証人
 わざわざ行つたかどうかということは、証拠によるものですから、検事としては、今のところでは、わざわざそこへ連れて行つたのだという証拠は――山上村の方へ行つたということだけはわかるのでありますが、わざわざ連れて行つたんだということは、結局、連れて行つたのは佐久間龍男でありますが、本人がそうでないと言いますと、本人の言うことがうそだという証拠はちよつと出て来ない。それから和倉温泉でしたか、どこへ行つたか知りませんが、とにかくどこかの宿屋へ行つていることだけは、はつきりしているのであります。

○加藤(充)委員
 この尋問事項にも書いてありますように、何かあなたのお扱いになつた、あるいは金沢地方検察庁としてお扱いになつた公共事業関係の綱紀紊乱の事件の例を述べてほしいということで、そのときにあるいはお述べになつているかと思うのですが、あるいは私聞き逃しておつたら、たいへん不見識で、御指摘願いたいと思うのですが、先ほどの田中精一という石川県の土木部長を証人喚問をいたしております間に、二十五年の二月ごろですか、やはり石川県庁の土木部に関連のある予算の流用があつて、それに数十名の者が連座しているという事件があつたのを、あるいは検察庁方面でも手を入れたとか入れないとかいうような話があつたのですが、そういうことはあつたのでしようか。

○永田証人
 実は私が取扱つておらない事件でありますから、申し上げておらないのであります。ただ現在公判に係属中の事件に土木部事件というのがあります。これが石川県の土木部並びにその出張所関係に関連があるのではないかと思います。これは主任でございませんと、はたしてどの程度のものであるか、よくわかりません。これはちよつと余事にわたりますけれども、検事は自分が扱つておる事件も、なるべく人に知らさないようにしております。ほかの検事にも知らさないようにしておりますから、ほかの人のやつておる事件というものは、よくわからないのであります。

○加藤(充)委員
 それではこういう事件はありましたでしようか。これは能登半島の若山村とかいう村の問題ですが、新制中学校の建築について、まだ未建築な、ほとんど基礎工事もやつておらない程度のところへ台風が襲つて来たのを奇貨として、それはジエーン台風による損害として、そうして過大なというよりも、むしろ虚偽の理由を並べて地方起債の申請を出して、そうしてそのことについて村長か何か、詐欺か何かで起訴されておるという事実はありますか。

○永田証人
 その事件も私が扱つておらないのでありまして、詳しいことはよく知らないのであります。

○加藤(充)委員
 私が今お尋ねしたような程度のことは、あなたは御存じですか。

○永田証人
 何か新聞にそういうようなことは出ておつたと思います。

○加藤(充)委員
 あなたのところで扱つたことはないのですか、検察庁として……。

○永田証人
 検察庁であるいはやつておるかもしれませんが、しかしこれは先ほど申しましたように、その事件を取扱つている人でないとよくわからないのでありまして、ほかの検事は……。

○加藤(充)委員
 いや、あなたの方で扱つているかどうかだけでいいのです。扱つているのですか。

○永田証人
 その点もはつきりしません。

○加藤(充)委員
 それでは、あなたがお述べになつた事柄については、検察庁が調べたり起訴したりした関係としてお述べになつたのではなくして、あなたがたまたま主任検事として調べた件についてだけ述べられたわけですか。

○永田証人
 さようであります。

○加藤(充)委員
 それから、詐欺未遂で起訴されたのは竹島という人ですか。

○永田証人
 その当時の道路課長の竹島一人であります。

○加藤(充)委員
 それから田中という土木部長を被疑者としてお調べになつたことはあるのですか。

○永田証人
 これは田中精一は次席検事が調べておるのです。このときは大勢で調べましたものですから……。

○加藤(充)委員
 結局検事局としては調べたのですね。

○永田証人
 調べました。

○加藤(充)委員
 それでお尋ねするのですが、理論上あるいは事実上、共犯関係に立つているものとわれわれがここで聞いたのですから、これはしろうとが一斑をもつて探り当てるようなもので、必ずしも妥当な考え方じやないかもしれませんが、少くとも一道路課長あたりだけでは、そんな大それたこと――人が死んだりしたようなことにまでなりましたけれども、橋を四分の三傾斜させろとかいうような大それたことは、役人の組織の関係から行つてもできそうにもないと思われる。先ほど鍛冶委員からもあつたように、和倉温泉かどこかに案内したということになれば、案内した者は属僚の下ツ端でしようけれども、そういうふうな計画が、県としてあるいは土木部として予定されているということになれば、案内した者の肯後に事実上理論的に、その共犯関係がある者があると思うのですが、そういう点では、先ほどの土木部長などさしあたりこういうような者を起訴しなかつたという理由は、どういうことだつたのでしようか。

○永田証人
 この事件は二つにわけて考えていただかなければならぬと思います。
 一つは予算獲得のためにやつたいわゆる詐欺未遂の方の事件と、それからその結果として起きましたところの往来妨害致死傷害の方とは、二つにわけて考えないとどうしても出て来ないと思う。
 まず詐欺未遂の方の点につきましてでありますが、これは今御質問にありましたように、こういうことを道路課長の一存でもつてやられるのかどうか。これはやはりもつと上の人がそういうことを知つて、みずから命ずるか、命じなくても道路課長の進言に基いて、それに決裁を与えてやつておるのではないかという疑いが多分にあるのであります。この建設省に提出いたしましたところの国庫補助の申請書ですが、この申請書の起案には、それぞれの関係者が決裁しておるわけです。それには多分土木部長も決裁しておつたのじやないかと思うのですが、これは帰つてよく調べてみないと断言できません。とにかくいずれにしても、土木部長はこれに密接な関係があるから、知つておつたのじやないかという疑いが多分にありまして、その点については、検事としても鋭意力を尽して捜査したのであります。何分にも土木部長がそういう指示を与えたという証拠、それから道路課長からそういう進言を受けて、それに承諾を与えたというところの証拠、こういうものが明確に出て来ないのであります。

○加藤(充)委員
 事件発生の直前に水虫ということで敗血症か何かを併発しまして、どの程度かわかりませんが、自宅ひつこもりをやつて県庁職場に姿を出さなかつたような事実関係についてへ検察庁は田中土木部長をお調べになつたことはありますか。

○永田証人
 田中自身については今記憶がないのでありますが、建設省から係官が来た当時、これはちようど十二日が日曜になつておつたということであります。その日、昼ごろに建設省の係官は富山県から石川県庁に来たのですが、そのときは土木部長はおらなかつたようであります。それは何か水虫ができたとかいう話でした。

○加藤(充)委員
 大体先ほどのお話で、十月の二十日ごろに県の方に中央から来る齋藤技官あたりが来るということになれば、これは事件の起る前に土木部長が関係しないような形になつて行く経過もうなずけると思うのですが、それはさておきまして、盲判の刑事責任ですね、起案の決裁についての判を押した者の責任ということですが、これはいろいろなところで理論的にも事実的な問題にも関連するのでお尋ねするのですが、大体最後の決裁のいわゆる盲判を押すということによつて、席順の上の者は権威を持つわけですね、その最後の一つの判を押してもらうためにずいぶん苦労をするわけです。
 ところがいざ問題が起きますと、それは盲判だつたということで責任がはぐれて行く、おれは直接知つているとか、知らないとかいうような事実関係に入つてしまつて、盲判の責任というものが追究されないことになり、それがあたりまえということになつて、いわゆる盲判ということになりますと、初めの監督なり責任の実質が失われて行くと思うのです。いくら上から監督をやりまして判を十並べてみましても、かんじんかなめの問題が起きたときに、それは盲判だということで、こういうふうな莫大な財産的な人命的な被害が起きている事件について、これが責任をのがれるということになりますと、これはたいへん行政の面からいいましても、刑事責任の面からいつても、そこの結合を離れて来る。私はこういうところに――実を言うとこの天狗橋を墜落させた事件というようなものも、下級の末端の一道路課長あたりが全責任を負つてしまうという形になつて、これがすなわち私は無責任な官僚政治といいますか、官僚行政の原因がここに現われていると思うのですが、盲判の責任の方をひとつお聞かせ願いたい。

○永田証人
 盲判の点は、どうも私の職権の範囲を越えているように思うのです。これは行政上の問題でありまして、私は司法の問題しか知らないのであります。でありますから、盲判の方の点はこれはまたほかの方の問題だと思うのであります。

○加藤(充)委員
 それから検事正の名越さんが金沢の検事正をおやめになつた理由なり原因を私どもが聞いているのには、柴野知事が相当猛運動をやつた。その名越さんという人は大物を扱い過ぎる。責任を上まで持つて行かれたのでは困るというような形でもつて、猛運動をやつた結果であるというような巷説を相当強く聞いているのですが、検察庁内部としてそういうふうなうわさなり、あるいはそういうふうなことをお聞きになつておるかどうか。

○永田証人
 名越検事正がおやめになつたことは確かでございます。検事正はみずから今回身を引かれるというような話を退官のあいさつのときにされたと思うのですが、しかしそれがどういうふうな原因であるかということは、これは私にはわかりません。多分やめられるというお考えのもとにやめられたのではないか、こう思うのです。

○加藤(充)委員
 あなたにそれを言わせるのは無理でしようからよします。

○島田委員長代理 大泉君。

○大泉委員
 この事件は県の責任事業で起つた問題で、個人の利益のための詐欺行為でなくいわゆる団体的な詐欺行為であると思うが証人は被疑者として個人を起訴されているのでありますけれども、これは団体人の代表としていわゆる被疑者として取扱つているかどうか、またこれに対しては、検事として政治力の背景があるかどうか、こういう御観察を承りたい。

○永田証人
 これは現在の刑法の建前が人を対象にしておるのであります。ただ人には法人と自然人とあるのでありまして、法人の場合は、会社とかそういう法人が対象になります。刑法の問題としては、理論的には現在は法人にも刑事責任能力もあるのだというのが学説上認められておるのであります。刑事責任というよりも、法人には法行為能力があるというのが一般に認められておる学説であります。ところが理論のいかんにかかわらず、現在の刑法そのものがこれは自然人を対象としておるものである。こういう点も争いがないようであります。なぜかと申しますと、現在の刑法はみな懲役刑が規定されております。罰金の規定のある場合でも、必ず懲役が選択刑になつておる。あるいは懲役と罰金刑が一緒になつておる。こういうので、懲役に処するような場合には法人は絶対に処せられない。懲役にして会社を処罰して刑務所に入れるということはできないのですから、現在の刑法そのものの建前としては、法人は対象にならない。
 ただ特別法での取締り法規、たとえば統制違反なんかについては、やはり法人なんかも刑事責任能力を認めて罰金刑に処しておるものもありますけれども、刑法それ自体としてはないのであります。従つて詐欺とか、往来妨害致死というような刑法犯について団体を処罰するというようなことはできないのであります。どうしてもその行為の責任者がだれであるかということに行かなければいけない。ただそれ以外のものが関与しておれば、共犯としての責任を負うことになる。本件につきましては、竹島被告人の行為として責任を負つておるわけであります。

○大泉委員
 私の聞かんとするところは、その個人を団体人、いわゆる法人の代表として取扱つておるかどうかということであります。この事件はある個人の利益の有無によつて起つた問題でなくて、いわゆる石川県の財政をゆたかにしようとか、あるいは利益を得ようという、つまり大きく言えば県民であり、あるいは県民の代表者であるところの各政治家、あるいは県知事、あるいは責任を分担しておるところの土木部長とか、こういう各代表者がおるわけであります。この代表者がおのおの責任の面には現われて来ませんが、しかし検事が被疑者として起訴しているのは、どうもわくからはずれた個人のように思いますけれども、これはその個人の利益のために行つたんではないように私どもには思われる。それならばやはり団体に関係のあるものとして取扱つている以上は、団体人の代表として取扱つておるのかどうかということであります。

○永田証人
 これは竹島清一それ自体も、昭和二十五年度に災害のあつたことについては特例が出ておりまして、全額国庫負担ということになつております。それでありまするから、ほかの災害の場合には、一部国庫が補助する、あとは地方で負担する、こういうことになつておるようでありますが、二十五年度の特例に関する限りは、全額国庫で出してもらえる。従つてこの一千万円のなにを経て、さらに資材、橋梁による補助を得て、この天狗橋を鉄橋にかけかえようとしたのだということを竹島は県に対して言つておる。それでありますから、竹島個人の利益を得ようと思つてやつたのではないことだけはわかるのであります。
 ただこの場合でも、検事としてはそれが竹島の犯罪の動機になるのでありましてこの県なら県という、県は一つの地方公共団体であります、法人であります。法人自体がこういう不法行為を目的としてやつているとは思わないのであります。どうしてもその法人を構成するところの人が、ある何らかのほかの目的が公――公というとおかしいのですが、自己の個人の私益をはかる目的以外の目的をもつてやるかもしれませんが、それは単なる動機にすぎない。
 従つてこういう不法行為に携わるというのは、竹島なら竹島個人の責任に帰する。こういうふうに考えております。もしほかの人がそれに関与しておれば、これもやはり個人としてこういう不法行為に関与しておるのだ。団体それ自体の目的は不法行為を目的としてやつたのではない、こういう考え方。もちろん個人の責任が同時に団体の責任に帰する場合もあるだろうと思いますが、現在の刑法の建前では、どうも団体の責任というところに行きませんし、検事としても団体の責任ありやいなやというようなことについて、この事件を取扱つておらないのであります。また取扱う必要がない。やはり刑法上の被告人になる人は常に個人でありますから、個人を対象にしなければならぬ。
 それから先ほどのお尋ねの中に、政治的云々というようなことがありましたが、これも検事としてはそういう政治的なことについてはよくわからないのであります。

○島田委員長代理
 他に質問がなければ、永田敏男証人に対する審理はこれにて終了いたしました。証人には、お忙しいところを御苦労さまでした。


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