企画特集 |
[流されない] |
渡辺 寛さん 「寸鉄」を追求
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「新種かもしれん」と、栽培しているミズアオイの手入れをする渡辺寛さん=金沢市の自宅で | 川柳から情報公開へ
大河ドラマ「利家とまつ」に、金沢じゅうがわいている。どん底の不景気のなか、700億円の経済効果(日本銀行試算)に、まちぐるみで群がっているかのようだ。
「金沢の人々にとって、利家は敵だったのではないか」
ミニコミ誌上で、盛り上がりに冷や水を浴びせたのは、金沢市郊外で印刷業を営む渡辺寛(56)。以前から一向一揆に関心がある。加賀の百姓の自治は利家陣営の凄惨(せいさん)な弾圧を受けた。自治の歴史の誇らしさと、支配者に盾突かない金沢の風土へのいらだちが、利家ブームへの皮肉となって出た。
みなが同じ方を向くと、その違和感をつい痛烈な言葉にしてしまう。ひょうひょうとした印象の背後には、愚直な潔癖さがある。フィリピンのスラムに住む人々との交流、河北潟の環境問題などの市民運動にかかわった。方針をめぐって仲間が対立し、グループがつぶれることを経験している。行政や企業と一線を引こうとする渡辺のスタンスが災いしたこともあった。
この4年間は、金沢市の犀川上流で建設中の辰巳ダムについて情報公開の請求を続けている。独りで集めた公文書は、積み上げると1メートルを超える。文書を突き合わせ、新たな疑問点を見つけては、さらに資料の公開を迫る。例えば、県が河川工事の実施基本計画を国に届けていなかったことなどを明らかにしてきた。
頭からダムを否定しているわけではない。
むしろ、ほかの団体が唱える「辰巳用水を守ろう」「自然環境を破壊するな」のスローガンは、まず反対ありきに見え、しっくりこないくらいだ。
「確かにダムをつくれば歴史的な用水や自然環境が破壊されるかもしれない。でも、水害防止のために本当に必要なら建設もやむを得ない」
必要性を検証しようと、資料の公開を請求した。河川法の専門書を片手に、数字の羅列の計画書を読み解き、ダムの費用対効果について、県に公開質問状を送りつけた。明快な回答はなかった。治水といえばダムしかないと、惰性で事業を進めているのではないか。そんな疑念を抱いて請求を続けることになった。
水草の生息調査などで知り合った栗原智昭(36)は、野鳥観察会で渡辺が「鳥なんか見て何がおもしろいんや」といったことが思い当たる。「鳥がかわいいとか大事だとか、そういう思いの丈を活動の動機にしていないんですよ」
30代のころから、川柳に凝った。戦前、治安維持法違反に問われ、獄死した高松町出身のプロレタリア川柳作家、鶴彬(つるあきら)に傾倒したのが始まりだった。
手と足をもいだ丸太にしてかへし
塹壕(ざんごう)で読む妹を売る手紙
自由にものを言えなかった時代、鶴は川柳でお上や権威に命がけであらがった。寸鉄人を刺す鋭さにひかれ、渡辺も自ら詠むようになった。
しかし、言論の自由が保障され、ぬくぬくとした環境で権威や多数派を批判しても、鶴には到底及ばない。やがて川柳から遠のき、市民運動に傾き始めた。情報公開は、やっとたどり着いた渡辺なりの寸鉄だ。集めた公文書から役所の内部矛盾を突けば、役人を青ざめさせることもある。
書類に囲まれて渡辺は意気盛んだ。「全然疲れないよ。趣味なんだもの」。まだまだやる気らしい。(文中敬称略)
わたなべ・ひろし 46年、金沢市生まれ。金沢泉丘高校時代は新聞部長。1年間受験浪人したが、大学進学をあきらめて地元の繊維会社に就職。約20年前に自営の印刷業を始めた。合唱サークルで知り合った妻と2人で「ナギ(ミズアオイの古名)の会」をつくり、環境保全活動を続けている。県内で絶滅したとされるオニバスの復活をもくろむ。
(錦光山雅子)
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(8/9) | |