新潟・福井水害から何を学ぶか
――堤防と河川整備と都市計画のこと――


2004.8.23 掲載
リンク先指定や関連資料は準備中。作業が大変面倒(>_<)



 7月に発生した新潟・福井水害は、雨量が1時間に70oとか80oミリという凄まじいものであるが、堤防が簡単に決壊したり、行政の避難勧告が遅れたり、上流ダムの放流が氾濫原因ではないかなど、いつもながら災害が発生して初めて明らかになることが多い。今回の新潟と福井の豪雨の限られた情報を元に、金沢の水害を考えてみたい。

【新潟水害】
規定以上のダムの放流!/堤防決壊は放流前?!
 五十嵐川と刈谷田川で氾濫が起きた。自宅にインターネット環境があれば、報道に出てくる地名から1/25000 の地図が簡単に入手できる。
  参考:国土地理院「ウォッちず」地図閲覧サービス
 地図情報から、両河川は信濃川の支流で元々氾濫によって形成された地域であることがよく分かる。渕、島、新田などの地名も数多い。
 地域を流れる二つの河川で堤防決壊があった。両河川の上流に三つのダムがあるが、ダムが満水になり、規定の最大放流量を大きく上回る放流を行い、それがダム下流部の氾濫を引き起こしたのではないかという疑いがある。このダム群は、合わせても二百数十o 程度までの降雨に対応するもので、それを上回る豪雨に有効に働かない。しかし河川は、ダムが有効に機能することを前提として河道改修が行われており、ダムが計算通りに効果を発揮しなければ、下流は逆に危険になる。
 もう一つの疑惑。堤防の決壊が越流の前に起きたらしいとの報道がある。普通、堤防には余裕高があり、洪水が直ちに災害を大きくしたり、堤防決壊になることはない。洪水が堤防を越えることもあり得るが、大きな被害をもたらすのは越流ではなく堤防の破壊である。今回の決壊箇所で、パイピング現象(水漏れ)が地元の方に観察されており、堤防の強度に問題があったと指摘されている。(近く、現地を訪ねたいと思っている)

【福井水害】
美山町:田んぼの整備が水害を生んだ?
 福井豪雨の大きな被害は福井市と美山町で起きた。
 両地区の被災は、足羽川の氾濫によるものであるが、上流の美山町は大量の流木が橋脚をふさぎ、氾濫が発生。また橋も流失させた。また周辺の急峻な山の崖崩れが多数発生した。
 (美山町西河原に金大の学生と一緒に復旧作業に参加し、小さな崖崩れの土砂を運び出した。写真はこちら

 美山町で、昼の休憩時に地元の人が語っていた。
 「こんなにひどい災害は160年ぶりで、最近の比較的大きな被害は伊勢湾台風(1959 s34)のときだった」
 「その時は、対岸の田んぼが冠水した」
 「最近、田んぼの嵩上げ事業が進み、今回は田んぼに冠水はなかった」
 これは、長年の圃場整備が遊水池機能を喪失させ、集落に洪水を導いたことになるのではないか。大量の流木が発生したのは、上流の森林が荒廃しているのではないか。

福井市:堤防が簡単に切れていいのか?
 福井市の大規模な氾濫被害は、堤防の決壊によることが大きい。各地の洪水でよく堤防の決壊が起きているが、堤防がそんなに簡単に壊れてもいいのだろうか。堤防そのものに問題はなかったのか。破壊はどうして起きるのか。――様々なことが頭をよぎる。

決壊した堤防の上で考える
 福井市の中心を流れる足羽川は、福井城跡から1kmほど南を南東から北西に流れる。中心部でS字にルートをとり、今回決壊した堤防は、2番目のカーブで、流れの直撃を受けた。左岸の40mが破れ、約5000世帯が床上・床下の浸水被害を受けた。1m程の深さのラインが各家の壁に残されていた。
 「市は7月18日午後0時22分、川の水が堤防を越えて流出する恐れがあるとして、両地区に避難勧告を発令。同1時34分、より強い避難指示に切り替えた。堤防は指示とほぼ同時刻に決壊した」(朝日新聞)
 《福井市内の地図》
  NIFTY地図検索(真ん中が決壊場所・春日1丁目)
  詳細地図:国土地理院地図閲覧(1/25000)

 この決壊堤防の上に立ってみた。応急的に復旧された堤防は法面が真新しい土で覆われ、多くの土嚢が積まれている。補修後の提頂幅は3mほどだが、ほんの10m上流の堤頂幅は2m50cm程度。国の規定では4m必要であるが、約半分でしかない(参照:河川管理施設等構造令)。

市民も行政も左岸は安全だと思っていた
 福井新聞(7/19)に次のような記事があった。
 《堤防にいた近所の中井正治さん(68)は「水位がみるみる上がって、もう(堤防が)もたないと思った。怖くなって逃げてきた」と興奮気味。「土のうがあれば防げたかもしれない」と悔しそうに話した。》
 《40年近く住んでいるという春日二丁目の城野孝太郎さん(60) は「大雨のたびに向こう岸の右岸が注意勧告を受けていたが、まさかこっちが決壊するとは…》
 福井市民には、足羽川は左岸は安全で、右岸が危ないという認識があったと想像される。
 また福井新聞に次の記事もある。
 《福井豪雨で18日起きた足羽川の決壊で、決壊した地点が危険性の高い場所だったのに、河川管理者の福井県がそのことを把握していなかったことがわかった。決壊地点の堤防が一帯で最も低いことを示す内部資料が県にはあったが、河川課はそのことを知らず、当日は職員を下流や対岸に重点配置していた。》

福井県庁を訪ねた
 県庁を訪ね、災害の概要を聞いた。
@破堤した堤防箇所はU字カーブでもあり、法面はコンクリートで補強してあり、切れるとは思っていなかった。
A両岸に越流が起き、堤防の内側がえぐられて破堤した。
B右岸側も越流があり、少し下流にある開閉パラペットから水が漏れだし、皆んなで押さえるのに大変だった。
 など現場写真を見せていただき、生々しい当時を語っていただいた。
 なぜ左岸側が安全だと思っていたのだろうか? 「福井県水防計画」を見せてもらった。重要水防区域一覧表に次の記載があった。
 ――――――――――――
 河川名:足羽川
 
区 域:福井市和田中〜下馬〜大瀬
 
重要度:A
  右岸:7000m
  左岸:  −
  摘要:堤防断面
 ――――――――――――
 この表に、今回決壊した左岸は危険箇所として記載されていない。右岸だけに堤防の断面に問題があり危険箇所であることを示している。右岸は福井市の中心部に面している。この水防計画が水害対策の基本になっている重さを考えると、消防や警察、福井市の職員など関係者に、足羽川の左岸は安全で、市の中心に面した右岸堤防だけに意識が向いていたとしても不思議はない。事実災害ビデオをみても、右岸に張り付けられたパラペット(解説参照)の隙間を大勢の人が押さえているのが分かる。
 ビデオ:福井豪雨の被害現場空撮(WMP・朝日ビデオニュース)
 現地写真:手動で開閉する右岸のパラペット。3枚。
 地図:この場所の位置(地図の真ん中)
 なお、この水防計画書には、第1表(重要水防地域総括表)と第2表(重要水防区域一覧)があります。(注:別項)

足羽川は現在なんと 1/10 の安全度
 足羽川の河川整備の状況を聞いた。
 現在の流下能力は1300〜1500m3/s で、10年に一度規模の洪水対策であるとのこと。数キロ下流に本川となる九頭竜川があるが、この整備は150年規模の対応をしているそうである。足羽川の10年対応は余りにも乖離がありすぎると思われる。犀川(1/100)と伏見川(1/10)の関係と一致する。


辰巳ダム建設のため隠されてきた犀川最大の危険箇所
城南一丁目の堤防は基準より2mも低い

 さて、新潟・福井水害から、何を引き出すことができるだろうか? 箇条書きにまとめてみる。

(1) 辰巳ダムが完成しても金沢は危険
 「金沢を水害から守るため、辰巳ダムの早期完成を」と行政や推進側から数十年叫ばれ続けてきたのだが、これには大問題が隠されていた。
 これまで犀川のネックは狭い犀川大橋地点だと思われてきたが、これは欺瞞に満ちたものである。犀川の治水上最大のネックは鞍月用水堰(写真)〜雪見橋区間である。県の試算でもこの区間の流下能力は500m3/s。しかも右岸・城南一丁目側の堤防は老朽化(写真)し、大きな洪水で簡単に破堤するだろう。辰巳ダムが完成しても、毎秒、数百トンの水があふれる計算になる。辰巳ダムより先に整備を急ぐ箇所である。これが明らかになれば、地域あげて「辰巳ダムより先にこの区間の整備を急げ」となり、辰巳ダム計画が遅れることになる。だからこの問題がタブーになっていたのである。
 43年前の第二室戸台風で大橋上流◆地図参照:真ん中が決壊(越流ではない)し、片町周辺に浸水被害をもたらしたが、当時と現在の大きな違いは、地下街の発達。これから起きるであろう城南からの破堤水害は、片町の地下街を襲い、多くの命を奪うのは必至である(◆誌上シミュレーション)。
 また、犀川支川を放置して本川の安全度を極端にあげることは支川からの洪水氾濫を招く。現に伏見川が10年確率の安全度であり100年の犀川と整合性がとれない。額乙丸町や高畠町などに内水氾濫(都市水害)が頻発している(◆地図参照:額乙丸町高畠町)。いずれも支川との合流点である。

(2) 崩壊しない堤防をつくる
 大きな洪水だから破堤する――。当たり前のように報道されるが、大きな錯覚である。堤防は国の基準によって幅や高さなど規格が決められている。想定される洪水に基本的に対処されているものなのだ。しかし規格以下の堤防が数多くある。犀川にも浅野川にもある。未整備のところも数多い。鞍月用水堰上流は典型的な規格以下の堤防である。しかも左岸に比べて1mも低い。国の基準より2mも低いのだ。国交省は新潟・福井の災害を契機に堤防のガイドラインをつくり、各県知事に堤防の緊急点検を通知した。国の調査でも国管理の一級河川の30%が危険な堤防であった。
 参考:堤防等の河川管理施設の緊急点検について(国交省緊急通知)
 参考:河川堤防質的整備技術ガイドライン(国交省河川局治水課)

(3) 堤防は切れるように作る
 一見、前項と矛盾することの重要さを指摘しておこう。従前から治水の基本として河川の両岸を堤防で固めてきた。これは洪水時に上流から下流まで堤防に過大な負担をかける。このバランスが崩れたとき破堤が起き災害となる。一部の箇所で破堤が起きると、その下流は安全となる。どこか堤防に意識的に弱い箇所をつくり大きな洪水で破壊されるように作る。この周辺は遊水池として整備をしておく。
 この柔らかい堤防の姿は、江戸時代の治水の基本であった。俗に信玄堤とか霞提と呼ばれるもので、堤防は連続させず、ハの字に並べて作る。洪水時にはあふれさせて被害を最小限にする。
 実はこういう治水対策をとることを数年前、建設省河川審議会が答申としてまとめている。洪水を許容する治水対策として当時新聞をにぎわした。
 危険箇所である鞍月用水堰上流には、戦後までこうした霞堤が残されていた。(◆1947年航空写真参照
 参考:河川審議会提言「今後の水利行政のあり方について」

(4) 遊水池を数多くつくる
 これまで河川を堤防でふさぎ河道を狭くし、土地を有効に利用しようと、都市計画の線引きを変えてきた。その結果、堤防ぎりぎりまで集落が張り付いた。いったん事あれば集落が被災する。高畠地区がその典型。元々低地で水が集まるところ。伏見川流域の上流の田んぼがなくなり、用水が整備されるに従って、小さい降雨でも水が高畠地区に集まる。元々遊水池として機能をもっていたところが住宅地に変えられていく(上記航空写真参照)。県の遊水池の考えは、すべてその地区を買収しなければならないと思いこんでいる。遊水池の造成は高く付くと説明する。遊水池は買い上げではなく地区指定をすることで安く簡単に出来る。
 こうした制度も実は昔からある。地役権設定というもので、地権者に地価の何割かを補償し、これまでのとおり農作業をしてもらうという制度である。この活用で遊水池の確保ができる。

 こうした様々な手段があるにも関わらず、治水の中心対策がダムだと主張するのはダム信仰の亡者である。(2004.8.17記)

(8.27訂正 美山町の過去洪水は、第二室戸台風ではなく伊勢湾台風)

【参考】
◆福井新聞/福井豪雨特集
◆避難勧告、6割が知らず 福井豪雨で浸水世帯を調査(朝日新聞)
◆カメラアイ・ふくい/足羽川堤防決壊への道
◆ビデオ:福井豪雨の被害現場空撮(WMP・朝日ビデオニュース)
◆PDF:平成16年7月新潟・福島豪雨災害調査報告(速報)(財団法人 阪神・淡路大震災記念協会)人と防災未来センター
◆PDF:平成16年7月福井豪雨による被害状況について(第22報)(内閣府)
◆愛知県河川堤防緊急強化検討会報告書(2001.6)
◆検討会について愛知県のホームページで紹介
◆犀川の流下能力基礎データに重大疑惑
◆県へ公開質問状提出

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