鞍月用水堰上流、3つの謎


掲載 2005.5.23

城南・菊川・新竪の会の勉強会のために改めて資料を作成した中から「3つの謎」として資料の掲載しておく。

越流を前提にした雪見橋建設の謎
鞍月用水堰の上流は未整備区間であり、計画高水(予想洪水流量)は犀川水系として1230t/秒は仮に妥当だとしても、河川整備は、その洪水のとき水位がどれだけ上がるかは、その周辺の河道や堤防、植生など環境面から総合的に検討され、水位が決められる。
この水位は河川整備計画が決定されなければ誰もわからない。河川管理者だけの専決事項であり、すべての河川管理行政の基礎資料である。
しかし、この未整備区間である城南地区と対岸の法島地区の間に、6年前雪見橋が完成した。施行者は金沢市。
不思議なことに、この雪見橋の建設図面に、計画高水の水位が書き込まれている。しかもこの水位は右岸堤防を大きく越えている。雪見橋は右岸城南一丁目から洪水の発生を前提に許可されている。

【クリックで大きく:雪見橋から200m下流地点の河道断面図】


この問題は、河川法上の河川整備計画(法16条)、河川協議、河川管理施設等構造令などで定められた法秩序をまったく無視し、形式的に許可をした、不法、不当なものである。詳細は後日。

市街中心部を守るべき堤防が低くされた謎
都市部に流れる河川を管理するとき、中心部を水害から守るため、通常その面の堤防を高くする。歴史的に堤防はそうして左岸、右岸の高低差が存在する。
不思議なことに、城南一丁目は逆に中心部が低く、対岸の民家が少ない所が1m以上高くなっている。
これは明治後期〜現在の地図を比較すると、昭和30年から40年代にかけて左岸法島地区の霞堤(堤防)を連続堤防に作り替えたとき、高くしたことがわかる。
これはまったく河川整備の常識から考えられない「ミス」だと思われる。法律用語で言えば、河川管理上の瑕疵ということになる。もし万一、城南一丁目越流で被害が出れば賠償責任はまぬがれない。この左岸堤防の資料を県に求めたところ、公文書として一切保存されていないとのことである。
【一目瞭然。地図などを紹介】
堤防高低差を考えた資料


辰巳ダムなしも考慮した河川整備計画が消えた謎
昭和47年作成された「犀川河川改修工事(中小)全体計画書」では、犀川ダム計画完成後、新しく100年確率の犀川をつくろうと(それまでは1/70)、大桑橋〜河口まで、河床掘削、河道拡幅などで流下能力を615t/秒→1250t/秒に拡大することにしている。
現在の犀川の姿はこの計画で作られたものである。
この計画では、辰巳ダム計画も想定し、同時に「辰巳ダム築造不能のケース」として、詳細な図面も作られている。
いずれの図面でも、鞍月用水堰上流は、計画高水より「現堤防高(当時)」は遥かにに高い。
辰巳ダムがあってもなくても、なんら問題がない計画である。

【クリックで拡大:犀川縦断図から抜粋】

これであきらかなように、犀川ダムの完成(昭和40年)で犀川の基本的河川整備計画は終了し、1/70年の安全度を1/100年にあげるため、この改修工事で、100年に一度という規模の洪水でも安全になっていることがわかる。
この計画は昭和48年度から昭和55年度で終了し、安全な犀川になっていたはずだった。しかし不思議なことに昭和53年度で計画は打ち切られ、昭和54〜55年度に行われるはずだった鞍月用水堰〜大桑橋の整備は放置されることになった。何がそうさせたかは賢明な方には容易におわかりのとおり、辰巳ダムが強引に計画されたためである。辰巳ダム計画の発覚は、昭和54年12月であった。