辰巳ダム事業に関する環境影響評価について

掲載更新 2007.2.7

【「意見書」資料】

辰巳ダム事業に関する環境影響評価について

 辰巳ダム事業(犀川水系河川整備計画、平成16年12月策定)に関して、石川県は、(環境影響評価法ならびにふるさと石川の自然環境を守る条例に基づいた)環境影響評価を実施しないと表明している。法あるいは条例に定められた対象事業ではあるが、規則で定められた規模に満たないため、実施する義務はないとしている。
 
 旧辰巳ダム事業(昭和58年事業着工)では、新規の辰巳ダム事業と同じく法で義務付けられている規模よりも小さかったが、「環境影響評価実施要綱」(閣議決定)に基づいて環境影響評価を昭和62年に実施している。
 
 旧辰巳ダムに比較し、規模が小さくなり、無湛水のため水質悪化の懸念が少なくなったとはいえ、新構想の辰巳ダムは、位置、ダム本体構造、貯水のしくみ、湛水時の周辺への負荷等が旧計画と全く変わり、環境への影響が予測しがたい状況に変化している。実施済みの環境影響評価を流用できると思えない。 
 
 国の環境行政の推進に伴い、石川県では平成11年3月に「石川県環境影響評価条例」制定、平成16年3月には「ふるさと石川の環境を守り育てる条例」を制定し、平成16年11月に「環境影響評価技術指針」を制定した。これらの法ならびに条例において、自然環境保全のために環境影響評価を実施する責務が強調されている。このように環境保全施策が大転換しているにもかかわらず、従前に行っていたことを今回はやらないと言うのは、環境行政の後退であり、行政の怠慢としかいえない。
 
 石川県(以下、石川県は河川課と記述する)が公表している方針、筆者の考えを整理とつぎのようになる。なお、河川課の方針は「森の都愛鳥会」の申し入れ(2006.1.17)に対する回答(別添【資料1】)、流域委員会(2003.12.26)での説明(別添【資料2】)等の主張を要約してまとめた。

●河川課が実施しない理由
 河川課の環境アセスメントに関する考え方は、
 (法で義務付けられていない)
 @法あるいは条例で義務付けられた規模の対象事業ではないので環境アセスメントを実施する責務はない。
 (前に実施したから今回はしなくもよい)
 A旧辰巳ダム事業も対象とする規模の事業ではなかったが影響範囲などを考慮して閣議アセスを実施したが影響が軽微であるとの結論を得た。今回の事業は規模も縮小し、貯水しないので環境への影響が軽減されるので旧事業の環境アセスメントを持って振り替えることにし、今回は実施しなくてよいと考えている。
 (準じた環境影響評価は行う)
 Bまったく行わないわけではなく、環境影響評価に相当する調査を実施しており、今後も実施する。

●申し入れ者が実施するべきと主張する理由
(対象事業ではないという判断に疑義がある)
 @法あるいは条例で求められた規模の対象事業ではないという判断に疑義がある。
 河川課は、既存の犀川ダム、内川ダムと辰巳ダムをあわせて3ダム連携運用する構想を示しており、貯水面積の総計は、144ha(犀川ダム59ha、内川ダム40ha、辰巳ダム45ha)となり、第一種事業(県条例では第一区分事業)の規模100haを超えることになり、対象規模の事業ではないという判断に疑義がある。
 県条例施行規則第百四十八条の別表第五イの第一区分事業の要件は、「サーチャージ水位における貯水池の水面の面積が百ヘクタール以上であるダムの新築の事業」とある。「サーチャージ水位における貯水池の水面の面積が(連携運用する3ダムで)百ヘクタール以上である(辰巳)ダムの新築の事業」と(連携運用する3ダムで)、(辰巳)を付け加えて解釈すれば、要件を満たした対象事業となる。法律あるいは条例上では、一つのダムで百ヘクタール以上と規定されているわけではない。一体的に運用される3ダム全体が環境へ与える影響を考慮し、環境影響評価を実施することは、法律で求められる責務である。

(前に実施した環境アセスを適用できない)
 A旧辰巳ダム事業も対象とする規模の事業ではなかったが、昭和62年当時の所管課が影響の大きさを勘案して環境影響評価が必要と判断し環境影響評価を実施したものである。
 辰巳ダムは、旧辰巳ダムの総貯水容量は880万m3よりも若干小さい600万m3であるがほぼ同等であり、ダム本体位置も変更され、さらに常時はダムを空にするというしくみに変更されている。(別添【資料3】)水を貯めないので水質の悪化がおこらず、河床や斜面の植生にやさしいダムになり、環境への影響は少なくなると県は説明するが、河川課が学識経験者に委嘱した流域委員会では貯水ダム以上に環境影響への懸念が提示されている。(別添【資料4】)辰巳ダムは環境への影響が従前に比べてより大きくなることは考えられても小さくなると断言することはできない。
 
 さらに、旧辰巳ダムから新構想の辰巳ダムに至る過程で、国の環境行政の推進、県の環境行政の取り組みの進展があり、大きな状況の変化がある。時系列的に記述すると以下のとおりである。

昭和50年  辰巳ダム事業の調査に着手(旧辰巳ダム計画)
昭和58年  辰巳ダム事業着工(旧辰巳ダム計画が国の補助事業に認定)
昭和59年12月 「環境影響評価実施要綱」閣議決定(国):閣議アセス
昭和62年 旧辰巳ダムの環境アセスメント実施(石川県)
平成5年11月 環境基本法制定(国)
平成9年6月 環境影響評価法制定(国):法アセス
平成11年3月 石川県環境影響評価条例制定(石川県)
平成16年3月 ふるさと石川の環境を守り育てる条例制定(石川県)
平成16年11月 環境影響評価技術指針制定(石川県)
平成16年12月 犀川水系河川整備計画(案)策定(辰巳ダム計画)
現在
 
 旧辰巳ダムは閣議アセスの考え方で行われているが、法アセスでは、評価の対象となる環境の要素の拡大(生態系など)、スコーピングと住民関与の手続き、評価の考え方の変更などが加えられて改善されている。この流れを受けた条例の制定により、県の環境保全行政の取り組みに対する責務がより強く求められているにも関わらず、従前よりも後退する姿勢は、法あるいは条例の精神に反する、行政の怠慢と言わざるを得ない。旧辰巳ダム時点でさえ必要と判断したのであるから、辰巳ダム環境影響評価の必要性に対する認識は強くなることは有っても弱くなることはありえない。

(あらかじめおこなうものが環境アセスである)
 B環境影響評価に相当する調査を事業と平行して行うとしているが、環境影響評価とは、事業に先立って事前に実施するものである。法あるは条例に明記してあるとおり、「あらかじめ」行うのが環境影響評価である。その理由は、事業のプラス面、マイナス面を比較衡量して、事業の「得られる利益」と「失われる利益」の双方が明らかになって初めて、その事業の適正かつ合理性が判断できるからである。環境影響評価は、事業の自然環境へのマイナス面の総体を評価することが重要な目的である。「あらかじめ」行うことが必要であるという、簡単な例証を2つあげる。

(その1)
 一つは生態系に係る評価である。法アセスでは、動植物の影響に関して生態系への影響を評価項目として加えている。辰巳地区の生態系の指標となる注目種は、上位性、典型性、特殊性の視点から、サシバ(良好な里山の指標的存在の猛禽類)、ミゾゴイ(シマフクロウやコウノトリなみの絶滅危惧種)があげられ、それぞれ2つがい、3つがい生息している。ダム事業がこの生態系にどのようなダメージを及ぼし、このダメージを極力低減させるためにはどのような対策が必要であり、その対策の結果、ダメージがどこまで減少し、なお残るダメージの大きさと程度まであらかじめ評価しなければ、「失われる利益」を知ることができない。

注): 「上位性」とは「生態系の食物連鎖の上位に位置する性質」をいう。
「典型性」とは「地域の生態系の特徴を典型的に表す性質」をいう。
「特殊性」とは「特殊な環境であることを示す指標となる性質」をいう。

(その2)
 一つはダム事業の防災機能の根拠を覆すほどの問題に発展する可能性ある「地滑り」に係る評価である。ダム湖の鴛原、瀬領地内6地点で地滑りの可能性が指摘されているが、平成17年頃、住民や議員の指摘があるまでは、県は全く説明責任を果たしてこなかった。犀川水系河川整備検討委員会、流域委員会においても全く議論されておらず、情報の提供もなかった。平成18年(2006)二月定例議会で議員の質問に答えて、岡田土木部長が、地滑りの可能性が指摘された6カ所のうち4カ所について地滑り対策をすることを明らかにした。他の2カ所については対策が必要ないと説明した。必要ないと説明された2カ所のうち、1カ所は525万m3の規模を持つ(200万m3以上は超大規模地滑りに分類される)、日本有数の超大規模地滑り斜面である。県の調査資料でも過去に地滑りした形跡が明瞭に示されている。平成18年5月29日、国土問題研究会の奥西一夫理事長(京都大学名誉教授)らが現地を訪れ、この地滑りの危険性を指摘した。この地滑り対策費用は、国土問題研究会の事務局長らの話によれば、「大滝ダム地滑り災害の検証」の経験から、ダム本体建設費と同じあるいはそれ以上の費用が嵩むことも考えられると話した。 犀川水系河川整備計画の検討の過程では、複数案の治水対策案が検討され、辰巳ダム案が経済的に優れ、最も安上がり案であると判断されたが、地滑り対策費用が含まれていない。この費用が嵩めば、優劣が逆転するのではないか。
 
 以上の例からも明らかなように、環境アセスメントが事業に先立ち、「あらかじめ」行われる必要がある。

平成19年2月1日  
中 登史紀記   


【資料1】2006年1月17日、辰巳ダム環境アセスメントの実施の要望
 森の都愛鳥会は、新構想辰巳ダムが当初計画より上流に移動したことに伴い、新たな環境アセスの必要性を訴え、辰巳ダム環境アセスメントの実施を要望した。これに対して石川県は昭和62年(1987)環境アセスメントをすでに実施している。法で求めらる対象事業ではない(第一種事業100ha以上、第二種事業100〜75ha)ことを理由に、新規に環境アセスメントを実施する考えはないと回答した。

【資料2】環境影響評価に関する河川課の考えについて
 犀川水系流域委員会第1回総合部会(平成15年12月26日)結果概要の「議題3 辰巳ダム新構想の課題について」の中で事務局は以下のように説明。
[事務局説明]
○ 昭和62 年度に取りまとめた「環境影響評価書」において、貴重種の保護、保全の観点からダムの工事による影響及び新たなダム湖の出現による影響について評価している。また、環境保全策として、水質、景観、辰巳用水の保全や工事中の環境保全対策を評価し、対策についてコメントしている。
○ 辰巳ダム新構想に伴い、ダムの規模を縮小する方向での検討としており、これに準じた形での環境影響評価を専門家や有識者のご意見を聞きながら取りまとめたい。

【資料3】旧辰巳ダムと辰巳ダムの諸元と貯水面積
 旧辰巳ダム計画(昭和58年)は、治水容量560万m3、利水容量240万m3、堆砂容量80万m3、総貯水容量880万m3であり、常時貯水するダムであり、貯水面積は51haである。石川県は昭和62年に環境影響評価を実施した。当時、国の環境影響評価実施要綱(昭和59年に閣議決定)の対象事業の規模は第一種で貯水面積100ha以上、第二種で75−100haであり、辰巳ダムは対象外であったが、環境の影響の大きさを認識し、環境影響評価実施要綱に基づいて環境影響評価を実施した。
 今回、新構想辰巳ダム(平成17年)は、治水容量580万m3、堆砂容量20万m3、総貯水容量600万m3であり、常時貯水しない、治水専用の空ダムである。位置も上流へ移動した。また、既存のダム(犀川ダム、内川ダム)と治水、利水のダム容量のやり取りをして、3ダム連携運用をするとしている。貯水面積は、犀川ダム59ha、内川ダム40ha、辰巳ダム45ha、合計144haである。


【資料4】辰巳ダムによる環境への影響について(学識経験者意見)
 第2回犀川水系流域委員会(平成16年5月19日) 議事要旨p.9-11

(7) 事務局から「総合部会の検討結果」のうち辰巳ダム新構想について説明が行われた。各委員からの主な意見・質問は以下の通り。
(辻本委員) ダムが貯水しているので非常に大きな問題を起こすという視点からすると、ドライダムになったということは究極の選択になったと思いますが、よく考えてみるとなかなか難しい面もある気がします。
 湛水域があって洪水調節をやると、洪水期の水位上昇分はほとんど岩盤か、あるいは岩盤が崩壊したぐらいのところにやせた植生のついているところの部分だけで済みますが、河床部分、堆積層の上に生えている植生、あるいはその上に乗っている生物全部が水没してまた流されるという問題を実は抱えているわけです。これはその中から多量の有機物が出ていくということを意味しており、その土砂だけでなくて、それも持ち出す、あるいはためられて、洪水の後その中で何とか処理しなければいけないという問題をきっと抱えてくると思います。川の中に存在している有機物、生物、植物が洪水のときに押し出される部分というのが川の有機物という面でいい意味でも悪い意味でも貢献していることを考えますと、非常に難しい問題を抱え込んだという気もします。少し湛水域をつくって洪水調節する方がよかったという気さえするぐらい難しい問題だと思います。
 この辺を考えるときに、法アセスのレベル、現在のアセスメントのレベルがあると思います。多分辰巳はもう一つ古い、法アセスがかかる前に一応アセスをやっていると思いますが、法アセスのやり方というシナリオの中で、前回のように湛水域がある場合のアセスと湛水域を全部ドライにして洪水のときだけが問題となるアセスをやるとしたら、どれだけ差が出るのかということをしっかり見きわめる必要があるのではないかと思います。ぜひその湛水域としてやられるアセスの考え方、法アセスに新しいやり方、生態系アセスにのっとったやり方でやってみて、今回ドライにして洪水のときに上がってきて、いわゆる渓岸でなくて河床から持ち出されるようなそういう有機物の話を含めたアセスをやられて比較して、そしてきちんと対策をとっておく必要があるのではないかという気がしました。その辺を何か検討されてましたら、教えていただけないでしょうか。すなわち昔やられたアセスで湛水域として考えられたときのアセスと今回のアセスの違いです。
それから、下流側の河原環境をつくるためにというような話がありましたが、河原環境はやはり下流側の出水によってつくられているというものであるはずなのに、今回右岸側の平常時のトンネルは出水時にはとめてしまうわけです。ここも工夫されないと、せっかく残す辰巳用水の取入口周辺が攪乱を受けないで陸化、植生してしまうという可能性、あるいは樹林化までしてしまう可能性が考えられないわけでもないというところも少し気かがりでした。
(事務局) 今の洪水調節専用ダムにつきましては、全国的な事例も極端に少ないということがございまして、国とは環境も含めていろいろとお話しさせていただいています。その中で、アセスという言葉までいかないですが、基本的には環境の対策も今後協議していくことになります。そういった中でどの程度の調査をやるべきかを相談していきたいと思っております。
 法アセスという話がございますが、湛水面積等が昔の計画で51haと通常より少ない湛水面積ですので、法アセスの対象外ですが、アセス並みには整理したいと考えておりまして、今後、詳細設計等を詰めていく中で、本省と、国総建と相談しながらやっていきたいと思っております。
 下流の河原の話ですが、今のこの右岸側の河原の環境ということですが、これがいつの時点で扉を閉めるかというところです。辰巳用水の流量が0.7+αm3/sですが、これも10m3/s程度までそこに流すのか、その辺はまた詳細設計の中で考えていきたいと考えております。
(玉井委員長) アセスメントのときに、辻本委員は有機物の流失量というのが気になると言われたのですが、そういった観点は普通入っていますか。
(事務局) 洪水調節専用ダムというのは新しいダムですから、これも先進事例、工事中のものもありますので、それらもあわせてこれから勉強させていただきたいと思っております。それでも、洪水調節専用ダムというのは、最近数例実施の方向に来ていますので、そういった意味で事例等から勉強させていただきたいと考えております。
(辻本委員) 問題があるという表現をしたわけではありません。先進的な事例としてぜひ考えていただきたいのは、この山肌にある植物と河床で次から次に更新される植物とでは考え方を変えないといけないのではないかということで、ぜひ先進的な事例として河床から、河床の中でどれだけの生産量があって、それが洪水のときにどのような状態になるかをしっかり見ていただきたいと思います。ドライダムというのは今後きっと出てくると思いますので。今の時点では究極の一番いいところだと思われていますけども、意外と難しい問題があるということでやっていただけたらと思います。問題というのは、何かやろうとすると問題がないわけでは決してないわけですから、そういう意味で申し上げただけです。
(事務局) 補足説明をさせていただきますと、法アセスの対象はダムの貯水池が100ha以上の場合はアセスメントをやるように決められております。従来の計画でも、水位が一番上がった状態で湛水面積が51haでございますので、法律上は実施しなくてもいいというダムでございますが、過去にいろいろな環境調査をほぼアセスメントの内容に基づいて実施をしております。また、現在も様々な調査を継続して実施しております。
(玉井委員長) パワーポイントNo.37ですが、例えば治水安全度が2年ぐらいのレベルの洪水でここでは一応110mまで水位が上がります。ダムがなければもうちょっと低い水位で流れるわけですが、水位が少し上がるときの影響がどうか、それでどういう差が出るのか、どのような考え方をするのか、ということなのでしょうか。何かヒント的なことでお考えのことがありますか。
- 10 -
(辻本委員) 事例で八ケ川ダムを出されてサーチャージ水位等の差がここでありますよという話がありましたが、あのときの植生というのはほとんど山肌の植生なのです。それに比べて今回湛水したときにダメージを受ける可能性があるのは河道内植生ということになります。河道内植生というのは、生産量がずっと早いと思うのです。多分河道内植生の方が受けるダメージは大きい。先ほど池本さんも枯死する量がどれだけあるかと聞かれておりましたが、冠水によってサーチャージ水位の時の八ケ川のような山肌植生はそんなにダメージを受けませんが、河道にある植生というのは、例えば2日間水面下にあったときに、その後どんな状態になるのかということもよくわかっていないのです。
私の言いたいことは、山肌の植生と河道内に生えてくる草本類とでは非常に性質が違うので注意していただきたいということです。その生産量みたいなものを見積もっておく必要があるのではないかということを申し上げたのです。


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